居住者様専用フォーム

昭和48年〜52年の間、私は名古屋の中堅デベロッパーに勤めていました。
所属は経理部でしたので販売やマンションの建築現場には直接関わることなく、もっぱら数字を追いかける毎日を送っていました。その頃は正直なところ、どんなマンションがどのように作られて販売されているのか、あまり気にしていませんでした。

あるとき、営業部の課長が困った様子で経理部にやってきました。聞けばあるマンションの定期総会を担当することになり、決算書を作りたいが営業では方法がわからないので、助けてほしいとのこと。それは1年前に分譲され、間もなく初めての総会を迎える総戸数140の大型マンションでした。その頃で億ションと話題になった超高級マンションです。

創業前の中山社長
若い頃からの理想の追求は いまも継続しています。

「マンションを分譲して販売するまでがデベロッパー仕事であって、その後は関知しない」というのが業界の一般的なスタンスで、私もそう考えていた一人です。
しかし、実際にマンションに人が住み始めると居住者同士のトラブル、規約の未整備による混乱、各種設備の点検・清掃等の様々な課題が表面化していました。
当時はマンション管理会社という業態がほとんど存在しませんでしたので、竣工後の管理は成り行き上デベロッパーがその場しのぎで対応していました。
管理業はデベロッパーにとって“できればやりたくない後ろ向きな仕事”という認識しかなかったのです。
ですから社内の誰にも総会運営の経験はおろか、管理組合との関わり方さえよくわかっていませんでした。
初めて総会という未知の仕事を迎え、実は戦々恐々としていたのです。
私はあまり気が進みませんでしたが、「困っているときはお互い様」と思い、快諾しました。

すると営業部から通帳、領収書(1年分の!)、入居者名簿、管理費の内訳を記したメモが山ほど入ったダンボール箱が運びこまれました。
なんと1年間まったく帳簿をつけておらず、出入金記録も滞納状況も何もかも不明です。
ドンブリ勘定で管理していることは薄々わかっていましたが、あまりのズサンさに私は仰天しました。

そして140戸×12ヶ月分のお金の動きを、通帳だけを頼りにコツコツとチェックする日々が始まりました。
通常業務が終わってからの作業でしたので、毎晩深夜まで残業です。
余りにも膨大な仕事量だったので社長に、「特別手当を給料に上乗せしてほしい」と直訴し、認めてもらいました。(いま考えると厚かましいことをしたと思います)


約1ヶ月間大変な思いをしましたが、そのお陰でマンション会計の全体像を把握できることができました。そしてこの体験をキッカケに考えたのです。
「こんないい加減な会計管理のままでは将来きっと財政が破綻し、最悪スラム化してしまう。同じような会計管理の問題を抱えたマンションはたくさんあるんじゃないか・・・?」

幸い以前に4年余程、税務会計事務所に勤務していたため、その経験を活かして会計面からマンション管理のあり方について調査し勉強してみると、当時のデベロッパーのマンション管理(とくに会計財務管理)は似たり寄ったりの低いレベルであることが分かってきました。

そして、次の結論に至りました。
この考え方は28年経った今も変わりません。

そして事業化の可能性を信じ、思い切って昭和52年春34歳のとき“有限会社オフィスなかやま(後に都市ビルサービス(株)に組織変更)”を設立することになりました。