ルポルタージュという迷走
山村基毅


 私がルポルタージュを書くとき、常につきまとう不安がある。お前は、書く対象についてどれだけ知っているのか、判っているのか、と内なる声が聞こえるのだ。
 しかし、だからと言って、「知っているのか」、あるいは「判っているのか」を判断する術があるわけではない。そもそも、この問いかけについて真剣に考えはじめると哲学的な難問になってくる。ならば、どうするのか? 私じしんは、ただひたすら、歩き、聞き、見るしかないのだと思っている。量が質を決定する(こともありうる)と信じ込み、ただただ、うろつき回るだけだ、と。
 今度、私が書いた『森の仕事と木遣り唄』でも、やはりこの不安や惧れと付き合いつづけた。だから、当然のごとく無駄足や回り道も余儀なくされた。というより、無駄足と回り道ばかりの旅だったとも言える。
 木遣り唄から林業の現場へ、私の歩みはそうした道程をたどった。そして、次なる一歩へと進む際、あたかも将棋の次の手を考えるかのように、様々な筋を読んでいき、動いた。
 たとえば、「木」からの連想で「紙」について調べ歩いたことがある。和紙作りの現場にも赴いたし、自分で紙を漉いてもみた。製紙会社の再生紙製造の問題点や苦労なども聞いて歩いた。そこから、今にして思えば迷走としか思えないのだが、ゴミ問題、とくに紙ゴミ問題を聞き歩き、ゴミ処理施設などを訪ね歩いた。
 どんどんテーマとかけ離れていくのは判っていたのだが、新しいことを知るのは面白く、ついついのめり込んでいった。
 また、炭焼きについて調べたときも、紀州備長炭の白炭に対して黒炭のほうはどう作られているのかを知りたくて、北海道の炭焼き師を訪ねたことがある。そこは、私の知る限り、個人としては最も大きな規模で炭を焼いており、いくつもの窯が並ぶ「工場」のごとき作業場は壮観であった。
 けっきょく、こうした事柄は作品の中で一切触れることなく終わった。
 筋を逸脱しているため、見聞きしながら触れなかった事ばかりでなく、どうにも調べきれず、「触れられなかった」ことも多い。これについては負け惜しみめくので書かないが、機会あれば再挑戦してみたいと考えている。
 そう考えていくと、一つの作品を仕上げることは、とくにルポルタージュの場合、「ゴール」ではなく新たな「スタート」なのかもしれないとも思える。迷走に思え、執筆の際には捨て去った事々も、少なくとも私にとっては珠玉のような「事実」であり、消えてしまったわけではないのである。だから、そうそういくつものルポルタージュを物することなど無理だよな、と怠け者のルポライターはつい考えてしまうのである。

山村基毅(やまむら・もとき)
1960年生まれ。製紙の町・北海道苫小牧で育つ。独協大学外国語学部ドイツ語学科卒業。雑誌を中心にインタビューを機軸としたルポライターとして活躍。著書に『戦争拒否─11人の日本人』『北の海の道 人々の唄と人生』『聞こえますか森の声』『クマグスのミナカテラ』などがある。