■ 近所に住む親しいおじさんだった魯山人
――小さいころから魯山人の器に囲まれた暮らしだったのですね?
黒田 昔の家の廊下は、幅が1間弱。向こうからずっと部屋の周りを囲んで長いんですよ。上にはずらっと棚が作ってあったし、縁側も床下もどさっと積んで器を突っ込んであった。相当な数があったと思いますよ。当時から魯山人が焼くと親父は一窯買ったりしていましたから。
――魯山人の器で毎日のご飯を食べていたのですか?
黒田 あったと思うんですよ。具体的には定かではないのだけれど。客がしょっちゅう大勢でうちへくるんです。うちの台所、結構広かったんですが、そこへ料理を盛った鉢がずらっと並ぶ。使わざるを得ないくらい魯山人の器がありましたから、ご馳走を盛ったのは魯山人のものだったでしょうね。なにしろトイレまで魯山人でしたから。魯山人が焼いた男性用のトイレだったんですけれどね、杉の枝を入れる昔式ので。茶室の待合いに使っていましたが、織部のトイレでしたね。
――そのトイレはいまものこっているのですか?
黒田 さあ どうしたのかな。親父が鎌倉の山ノ内に土地買ってうち建てるとき、魯山人が前から目をつけていた藤沢の旧家を魯山人の口利きで買って移築した。玄関の前庭には魯山人が贈ってくれた猿すべりの木が、ありました。この家に移ったのが、僕の生まれた年、昭和17年です。
■陶器好きならではの個性的な焼き物屋稼業
――焼き物屋に生まれて、当然の成り行きとして焼き物屋になられたのですか? |