前口上

 毎年九月十四日と十五日に行われるこの大阪・岸和田のだんじり祭は、豪快な祭としてつとに有名である。
 このところ岸和田のだんじり祭は、テレビを始めさまざまなメディアに取り上げられたり、映画の主題になったりして、当日には六十万人を超える全国からの見物客が泉州岸和田を訪れるようになった。
 また、岸和田城下それぞれの町出身の岸和田っ子たちは、たとえ東京に住んでいても盆・正月には帰省しないが、祭には必ず帰るというくらいの祭好きで有名だ。
 もちろんだんじり祭に直接関わっているわたしを含めての「だんじり野郎」は、高校生になり青年団に入ると、それこそ「寄り合い」だの「清掃」だの「鳴物の稽古」だのと一年中忙しい。とくに盆を過ぎてからの一カ月間は、毎日が段取りである。
 わたしは子どもの頃から、父親が亡くなった年以外は毎年祭をやっているが、平成十年の新調、つまり大正十二年に造られた前だんじりの約七十年ぶりの新調に、積み立てを始めて完成するまでの五年以上その現場に関わり、また新調五年目の平成十五年に若頭筆頭(責任者)をさせて頂いたという奇跡のような幸運に恵まれた。
 そもそも、だんじり祭の一体何がそんなに熱中させるのか、と他所の人からしばしば訊かれるが、テレビで激突のシーンを観て、事故だけを期待して見物に来るような人には、何とも答えようがない。
 答えようがないが、どうしても一年中頭の中が「だんじり」ばかりなので、興味のない人にはとても迷惑かも知れないが、ほとんど無意識にだんじり話をやってしまう。
 それはまるで、「わたしは誰なのか」つまり、わたしという人間がどういう人間か、ということを説明するような際には、必ずだんじり祭が出てくるような感じだ。
 この本は、題名のようにだんじり祭の若頭筆頭をした平成十五年の日記がベースになっている。
 これはたまたま若頭筆頭をすることになった時に、神戸女学院の内田樹教授に編集者として原稿(『街場の現代思想』)をいただいていたのだが、その内田先生の化け物ブログ「内田樹の研究室」に「長屋」というコーナーがあって、そこに間借りをして二年間、日常のあれやこれやを書いたものである。
 その長屋で考え、書いてしまったあれやこやは、今読み返してみても、よくもまあ、だんじり祭の話ばかりだなあと、自分でアキれる限りだが、本当にそうなのだからこれは仕方がない。
 そして祭当日は、だんじりを曳行しているから、家にも長屋にもいない。
 だから「一章 激走!岸和田だんじり祭」は、平成十六年の若頭顧問時の祭礼を後に思い出して書き下ろした。
 だんじり祭についての話は、それこそ「なんぼでも」あり、話し出すと止まらないのだが、それをよく分かるにはとにかく、何ごとに関しても「よく生きる」ことが精神において中心命題である、というオーソドックスな「生とは何か」を確認していくようなひたむきさが必要だ。
 「オレが行かんとだんじりは動けへん」「自分一人でだんじりを走らせ曲がらせてる」と思っている個性的な男たちが、けれども決して一人だけででしゃばらずに、諸先輩方から伝承された祭のさまざまな約束事の上で、祭礼組織や祭礼団体の中で、個としてやっていく。
 それは「自分のなしうるものの果てまで進んでいく力」(ドゥルーズ)みたいなもので、だからこそたくさんの男の力が一つの大きな動きとなる、だんじりの姿は何よりも美しい。