夜と朝 ほっとするような、ひんやりした夜の空気が、あまり急でない広い川のように窓から入ってきて、開けっ放しのドアから抜けていく。目を凝らしても、凝らしても、窓の外は深い黒で、こんなまっくらな中では遠近法もめちゃくちゃになり、まるで歯が立たない。窓枠いっぱいに夜が表面張力を発揮して、両手で押してもびくともしないふうにも見えるし、めいっぱい弓を引いて矢を放っても、ちょっとやそっとじゃ全然届かない、遠くかなたの透明人間みたいにも見える。夜は、実際そうやって、伸縮自在、荒唐無稽の生き物なのかもしれない。 朝一番に目を覚ますのは、朝。ほかのだれでもない。ラジオ体操のアナウンサーでも、放送局の人でも、パン屋さんでも豆腐屋さんでもない。朝は夜を押しやって、闇をきれいに掃除してしまう。さあ、朝だ、朝だ。しらじらと明けていく東の空をどんなににらんでも、夜の姿はあとかたもなく、明け烏が町の端と端で呼び合っているだけ。八月だと言うのに、ほんとに涼しい。寒いほどだ。雨が少し降ったらしく、玄関先の花や草が、つゆをこぼしてふるえていた。おはようという言葉を、教えてあげたい。そのかわり、朝をちょうだい。 朝一で立ち上げたパソコンには、友だちからのメールが届いていて、「戻ってきたら、会おうぜ。」って書いてあった。いよいよその時が来たのかと思い、胸が熱くなる。うれしくてうれしくて涙が出る。人間は、朝露を身にまとわないかわりに、時々こうして、情けなく泣くのだ。ぼろぼろ。
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