「まえがき」

映画を撮れば、彼らは来る…。

●1994年、バッキンガムシャー、アマーシャムにあるクラウン・ホテルのスイート・ルームが、突如として何年にも渡って予約がいっぱいになった。
●1977年以来、アメリカ最古の国立公園ワイオミング州のデヴィルズ・タワーを訪れる観光客の数が75%も上昇した。
●そして1989年、アイオワ州の小さな町ダイヤースヴィル(人口3,825人)が観光客のメッカになった。

 これらの事柄にはたっひとつの共通点がある。3カ所とも大ヒットした映画に登場するということ。ザ・クラウンは、『フォー・ウェディング』でヒュー・グラントが花嫁アンディ・マクドウェルの婚礼を混乱に陥れるホテルだし、デヴィルズ・タワーは、スティーヴン・スピルバーグが『未知との遭遇』で異星人と人間がランデヴーする場に選んだ奇妙な形の岩、ダイヤースヴィルはケヴィン・コスナーが『フィールド・オブ・ドリームス』で超自然現象の起こる野球場を築いた畑のある町だ。1992年までに球場を見学に訪れた人は6万人を超え、その数は年々増え続けている。
 映画のロケ地は現代の歴史遺産である。アマーシャムでハネムーンを過ごしたいカップル達が予約の列を作り、UFOを信じる夢想家達は畏敬の念を込めてデヴィルズ・タワーを眺め、ダイヤースヴィルを訪れた父親達は息子の前でバットを振ってみせる。ジョン・ブアマンが秘境の悪夢を描いた『脱出』が公開されると、ジョージア州レイバーン郡は突如として週末ラフティングのブームが起こった、スリルたっぷりという理由で。
 アイルランドの文化大臣によれば、かの国を訪れる観光客の6人に1人以上が、観光の理由に映画をあげている。『霧の中のゴリラ』が公開された後、内乱が起こる前までにルワンダを訪れる観光客は20%上昇していた。
 旅行ガイドは、世界中にある高度な文化−歴史、建築、文学的−遺産の地図を我々に示してくれる。しかし、我々の心をより深く感動させてくれた思い出に結びつく場所に行ってみたいという抑えきれない欲求がある。
 小説を読んだり、歴史を学んだりするのと違って、映画は我々を物語の中へダイレクトに導いてくれる。スクリーンで音と映像を直に体験し、今はビデオやDVDのコレクションによって、お気に入りの場面の背景に、より親しめるようになってきた。有名な事件の起こった場所に実際に立つという昔からお馴染みのスリルは、ダイレクトに体験することによって大きく増幅されるし、しかも、いつでも何度も繰り返し体験することが可能になった。
 僕にとって、アメリカ合衆国への旅が、ある意味で人生を変える事件となった。その数年前、イングランド中部の冴えない町からロンドンへ引っ越した僕は、怪奇映画のまっただ中へやってきたことを知った。僕の一間のアパートがあるアールズコートの街角で、ジョン・ランディスが『狼男アメリカン』を撮影したのだ。地元の店に買い物に出かければ、『反撥』でカトリーヌ・ドヌーヴが殺人的な狂気にかられた陰鬱なアパートの前を通る。反対側に数分歩くと、『召使』で貴族ジェームズ・フォックスを相手に召使ダーク・ボガードが心理ゲームを闘った不吉な家がある。職場に行く途中には、エリザベス・テイラーとミア・ファローが主演した奇妙なサイコドラマ『秘密の儀式』でジョセフ・ロージーが撮影に使った青いタイルの屋敷と、『血を吸うカメラ』のカール・ベームの家がある。
 そう、たしかに僕はささやかな映画マニアだった。だが、もしアメリカを旅することがなかったら、映画の背景に直に触れたいというこの情熱は、おそらくは不完全燃焼のままで終わっていただろう。ハリウッドという魔法の名前に誘われ、銀行から借金した僕は、アメリカ西海岸へ向かった。最初の目的地はサンフランシスコ。そこで僕は奇妙な既視感に襲われた。『ブリット』でスティーヴ・マックィーンが駆け下りて行った丘、『The Love Bug』で通ったジグザグ道路、『カンバセーション… 盗聴…』でジーン・ハックマンが盗聴していた広場、そして、『終身犯』でバート・ランカスターが刑期を過ごした監獄の島アルカトラズ、すべてに見覚えがある。そしてそこは何といってもヒッチコックの『めまい』の町、あのクールなパステル調の霧深い沿岸の町だ。キム・ノヴァクがジェームズ・スチュワートの家を発見した、ランドマークのコイト・タワーが高台にそびえる、まさにマデリンとスコッティの白昼夢の世界だった。
 ロサンゼルスとその郊外にある刺激的で見所の多いハリウッドは、映画フリークにより多くの眼福を与えてくれた。白く輝くグリフィス天文台は、『理由なき反抗』のクライマックス、ジェームズ・ディーンが泣きながら一握りの銃弾を見せるイメージから永遠に切り離せない場所である(地面から半身を直立させたディーンの姿からも明らかだ)。サンタモニカの波止場に置かれた古い回転木馬を見れば、映画のスタッフがいくら頑張ってシカゴらしく見せていようとも、『スティン』に出てきたものだとすぐにわかる。そしてダウンタウンの騒音と隔絶された、静かなブラッドバリー・ビルディングの贅沢なロビーに1歩足を踏み入れれば、たちまち『ブレードランナー』の暗い未来の風景が現出する。
 ガイドのさわりをチラチラ出して読者をじらすのはこの辺にしておこう。カリフォルニアで発達した映画という驚くべき芸術の歴史について、ちょっとした情報を気にとめておいてもらいたい。つまり、この映画産業のメッカにおいても、最も遅れて芸術一家に仲間入りした突拍子もなく外向的な七番目のメンバーは、正統な芸術と認められるほど成熟していなかったということだ。とはいえ、英国でも、1996年に映画が誕生百年を迎え、映画の歴史を記録した銘板がおずおずと登場するようになって初めて、この厚かましい新顔も一個の芸術として扱われるべきだと認知され始めたのだから。
 このガイドブックの目的は、僕の大好きな芸術、映画そのもののように、地域に限定されることなく、世界中を自由に駆けめぐることにある。“この場ですぐにショーを始めよう…”というすばらしい伝統にのっとり、どれほど大変な仕事になるかはあまり考えず、僕ひとりで編集を始めた。
 そう、つまりこの本こそ、映画の世界遺産についての世界初のガイドブック、西部の荒野からニューヨークの暗黒街を通ってイングランドの大邸宅やヨーロッパの豪華な宮殿に至るワールドツアーなのだ。外国語の映画に関しては、有名な作品はなるべく取り上げるべく努力した。しかし、1冊の本に収めるには世界で製作されている映画の量が莫大すぎる。香港映画はほんの少ししか扱えなかったし、ボリウッド(インド)映画に関しては手もつけられなかった。それでも、最も有名な、偶像的作品はもれなく収めたつもりだ。
 加えて、カラーページには11のトピックを地図付きで収めてある。それぞれのトピックは1つのテーマがある。“ロンドン漫歩”は英国の首都ロンドンの映画的ランドマークをセレクションしたもの、“「スター・ウォーズ」ワールド・ツアー”はオリジナルのシリーズ第1作『新たな希望』から最新作『ファントム・メナス』まで、ジョージ・ルーカスが創造した宇宙のハイライトを集めたもの、“スター・トレック、USA”は有名なカルトTVシリーズの超自然的風景に読者を導くもの、“ジェームズ・ボンドの世界”は、世界を股に掛けた007のセレブな生活の粋を手軽にガイドするもの、“ザルツブルグの「サウンド・オブ・ミュージック」”は世界で一番愛されたミュージカルのロケ地を巡るもの、クラシックな歴史劇で背景に登場する邸宅は、“英国の大いなる遺産”に集めてある。アメリカの場合、ロサンゼルスについては、薄汚れた裏町を“タランティーノのLA”に、スタイリッシュな町を“LAネオ・ノワール”にまとめ、ビッグ・アップル、ニューヨークについては、クラッシーな“ウッディ・アレンのマンハッタン”と薄暗い“ニューヨークのミーン・ストリート”にまとめた。そして、“「めまい」のサンフランシスコ”では、最も偉大な映画の改革者のひとり、ヒッチコックの心の闇の世界にどっぷり浸っていただけるだろう。
 旅に出ない人にも、この「The Worldwide Guide to Movie Locations」は、トリッキーで専門的な撮影技術についての興味深い一面を知る楽しい読み物になるはずだ。ロケ地での実際的な問題、あるいは製作費の制約によって、しばしば理想の場所で映画を撮影することができなくなる。そこに創意に富んだ監督(またはロケーション・スカウト)という陰の天才が現れ、地上のどこかを映画にぴったりの場所に再構築するのである。ロサンゼルスで『バートン・フィンク』で撮影していたコーエン兄弟は、ニューヨークのレストランが必要になった際、ロサンゼルスのロング・ビーチに永遠に繋ぎとめられた古い客船クイーン・メアリー号の光り輝くインテリアを利用した。『スピーシーズ』の豪華なIdクラブは、ハリウッドにある映画館の玄関ホールを手間暇かけて飾り付けたものだ。『スパルタカス』でローレンス・オリヴィエがローマのヴィラに帰ってきたとき、もしカメラが数インチずれれば、その場面を撮影した新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハースト邸のプールに立つ、キッチュな20年代の大理石像が映ったはずだ。リストはまだまだ続く…。
 けれども、この本の真の楽しみは旅行ガイドとして活用することにあり、ここで紹介したロケ地の少なくとも1カ所には訪ねていけるチャンスがあるように祈る。どうか実際に行って見て欲しい。それらの場所は永遠にそこにはないかもしれないのだ。『サンセット大通り』のノーマ・デズモンドの邸宅は、あるオフィス・ビルの道路を造るために60年代にブルドーザーで壊されてしまった。ヒッチコックが自作をリメイクした『知りすぎていた男』の大使館パーク・レーン・ハウスがあった場所には、今はロンドン・ヒルトンが建っている。『レザボア・ドッグス』の倉庫さえ、更地にされてしまったし、『パルプ・フィクション』の冒頭で、ハニー・バニーとパンプキンが強盗に入るホーソン・グリルは、この本のために写真を撮った後で、やはり取り壊されてしまった。1937年の『スター誕生』からトニー・スコットの『トゥルー・ロマンス』まで、さまざまな映画のロケに使われ、1968年にはロバート・ケネディが暗殺されたアンバサダー・ホテルは、ロサンゼルス市と不動産業者が学校にすべきかショッピング・モールにすべきかを争っているしばらくの間だけ生き延びているような状態だ。
 しかし、多くのロケ地は未だ健在である。僕自身の最高の喜びには2つのカテゴリーがある。まず大ヒットしたクラシックな名作、すぐにそれとわかる映画の偶像に触れる喜びだ。オリジナル版『スター・ウォーズ』に登場するルーク・スカイウォーカーの地面に埋没した家に立つ喜び、『真昼の決闘』でゲーリー・クーパーが町の人々に助けを乞うたときから少しも変わらない白い木造の教会の前にたたずむ喜び、「逢い引き」でセリア・ジョンソンとトレヴァー・ハワードが出会う通りを確認する喜び、『ジョーズ』で鮫のブルースが入り込む“安全な”入り江にかかる橋の上を自転車で渡る喜び、『フレンチ・コネクション』のカーチェイスが行われた高架鉄道の下で、橋桁の隙間から漏れる光を浴びる喜び、あるいは、『ジュラシック・パーク、ロスト・ワールド』で恐竜が暴走したバーバンク・ストリートを歩くだけでもいい、それらに勝る喜びなどない。
 しかし、より個人的な好みのロケ地を訪れる喜びもそれらに劣らない。『赤い影』で見るより、どこもちょっとだけ気味の悪いヴェニスのじめじめした狭い水路、『赤い砂漠』の目もくらむ眺望、『情事』で税関として使われたシュールで巨大なシチリアの邸宅、まだ素敵に風変わりな『バグダッド・カフェ』のハンバーガーとフライド・ポテト、『The Smallest Show on Earth』の壊れかけた映画館ビジュー座をガタガタいわせる双子の鉄橋、思わずマカレナを踊りたくなる『go』のスーパーマーケットの野菜売り場。なかでも、僕にとって最高の場所は、カリフォルニアの海辺にある、ヒッチコックが『鳥』をロケした小さなリゾートだ。バルコニーからボデガ湾の見える部屋で、テレビの前に腰を落ち着けてアカデミー賞授賞式の放映を見ること、それこそ僕が心の中に描く映画天国のイメージである。
 あなたがどんな映画の趣味を持っていようと、アドベンチャーはここから始まる。この本を読む前と後では、映画の楽しみ方がまったく違ってしまうはずだ。

2001年1月、ロンドンにて
トニー・リーヴス