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今となっては懐かしい。
2000年6月、私はパソコンを買った。
文書を作成し人とやりとりするのが仕事の人間にしては、たいへん遅ればせながらと言うべきだろう。
近所の人と5人で話していて(4人は専業主婦)、私以外の全員が、パソコン使用者だった、なんてこともある。一応カタカナ職業のくせに、いちばん時代から取り残されている?
まず機種が、なかなか決まらなかった。仕事相手の誰かれに、
「パソコン、何使ってる? どうお?」
昼下がりの電車の中で、しゃがんで毛づくろいしている女子高生のような、だれた調子で質問しては、
「ふーん」
で終わり、少しも情報として頭に入らないのだった。
何事も即断即決を旨とする私としては、めずらしい。要するに、
「個人的にはワープロで充分。別に電脳ライフを楽しもうなんて思っていないのに、何で変えなきゃいけないんだ」
という不満が、胸の底にあって、気が乗らなかったのである。
「何で」のわけは、本文でもしつこくしつこくくり返しているが、1-ワープロが生産中止になりそう、2-いつまでもファックスで原稿を送り続けていることを、まわりの環境が許さなくなりつつある。すなわち、パソコンを基本とする体制にじわじわと包囲されていたのだ。
実は、機種選びなんて、さほど決定的なことではなく、むしろどのソフトを入れるかの方が、だいじだったりするのだが、そういうことも、わからなかったのですね。
ぐずぐずしている私に、業を煮やしてか、知り合いがパソコンに詳しい女性を引き合わせた。その人のすることは、早かった。
「岸本さんは、家で使うことがほとんど? だったらノート型でなく、デスクトップですね。ノート型だとキーボードが小さくて、肩が凝るから」
「ときどきは、別の部屋でも使いたい? なら、この機種がいいでしょう。デスクトップにしては軽くて、移動させやすい」
私の使う状況を聞き取り、たったっと決めて、6月某日、量販店が安さを競い合っている新宿駅周辺で待ち合わせ、購入。ふたりしてえっちらおっちら、自宅へ運んで、接続にまで付き合ってくれたのだ。
ところが。
そこから先、事態は再びストップしてしまった。いくら接続までされてたって、操作するのは、あくまでも本人。正しく打てなければ、パスワードも入力できない。そもそもメールで送るべき文書も作れない。
はじめのうちは、ひとりきりで格闘していた。1〜2章は、その挫折の記録です。勇をふるって挑戦しても、練習以前に、何がいけなくてマニュアルどおりの画面にならないのか、わからない。ウキーッ! と髪をかきむしる。
1年間に10回も、さわらなかったのではないかしら。このペースでは、10年たっても100回いくかいかないか。いつまで経っても、マスターなんか、できっこない。
その間も締め切りは次々とあったので、ワープロをだましだまし使い、パソコンは電源さえも入れないまま、机の上の場所ふさぎとなっていた。
そして、いよいよワープロがイカレてきた2001年6月、一念発起。
「習うより慣れろ、というが、パソコンに関しては、慣れるより習えだな」
と考えた私は、「先生」を頼むことにした。「助手嬢」と呼ぶ女性と、家に何回かに分けて来てもらい、教わった。それが、3〜6章である。
それとは別に、ひとりでキーボードに向かう日も設け、頭の中をとにかく無にして、ひたすら入力を練習した。
結果、飛躍的に進展し(と、スタート時がサル状態だった私は、感じる)、授業もスピードアップしたので、7〜11章からはQ&A方式に。
授業と授業の間に、私は入院している。2001年10月にがんの手術を受けたのだ。
メール、インターネットといった、文書作成以外の機能を、本格的に使うようになったのは、実はそれから。パソコン購入時は、予想だにしなかったけれど、病気が結果的に、私の電脳ライフを推し進めた。
いやー、必要は発明の母というがごとしで、何よりの原動力となりますな。そのことは、12章で。
とはいえ、パソコンで音楽を聴いたり、映画を観たりする人に比べれば、電脳ライフと称するのも図々しいほど。でも、必要は足りているので、こんなところかなと思っている。
先日、知り合いの女性から、電話があった。
「もの書きの人から、パソコンを買おうかと思うけど、どの機種がいいかって、聞かれてるのよ。岸本さん、何にしたんだっけ?」
「えーっ、今頃、そんな相談して来ている人がいるんだ!」
とうれしくなった。
今は何でもかんでも「ネットでもご予約いただけます」だし、企業は必ずホームページのアドレスを流し、世の中のみんながパソコン化をとうに果たしているかのようだ(それも、どうかと思う)が、まだまだいるんですなあ。
しかも、間接的にではあれ、この私が機種について聞かれる立場に回っているのだから、2000年の頃を思えば、感慨深い。
まずは、購入したてのときの悪戦苦闘から。私よりさらに遅れてスタートし、今まさに、惨めさにうちひしがれている方々には、
「はじめはみんな、似たようなもんなんだな」
との慰めになれば。また、すでに悠然と使いこなしている方々には、私のあまりの覚えの悪さに呆れ、さぞや、まだるっこしく思われるだろうけれど、
「自分にも、こんな日があったなあ」
と懐旧の情にひたっていただければ、幸いです。 |