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訳者あとがき
私が本書を知ったのは、『ブックストア──ニューヨークで最も愛された書店』(晶文社刊)の翻訳をしているときだ。一九九七年に店を閉じたニューヨークの書店ブックス・アンド・カンパニーと深い関わりを持っていた著者のフラン・レボウィッツ。彼女が子供のための本を書き、その書店でリーディングをしたという文章を読み、フランと子供のための本という組み合わせが面白いと思ったのだ。
そもそもフランという人は、さまざまな雑誌に寄稿し、その発言がユニークで当を得ているのでアメリカでは著名人である。にもかかわらず、著作の数は少ない。調べてみると確かに『Mr.
Chas and Lisa Sue Meet the Pandas』という子供のための本が一九九四年に発刊されていた。しかし絶版になっていたため、オンライン書店から中古を取り寄せることにした。届いた本は想像以上に魅力的な本だった。
教訓的なテーマが盛り込まれていたり、最後にドラマチックな結末があったりするような物語ではない。だが、主人公である語り手のミスター・チャスの、子供ながらもドライでちょっと理屈っぽい言葉には、フランならではの視点と主張が盛り込まれ、大人がクスっと笑ってしまうようなユーモアにあふれている。そして本全体から、ニューヨークの街に対する著者の愛情がいっぱいに伝わってくるのだ。子供向けの本でありながらも、洗練された大人のための、都会のおとぎ話とも言える。
マイケル・グレーブスが挿絵を手がけていることにも驚いた。マイケル・グレーブスと言えば、建築や商業デザインの分野で百を超える賞を受賞している、二十世紀を、あるいは二十一世紀を代表するような人物である。身近なところでは、アレッシーというブランドのケトルをデザインした人と言えば、ご存知の方も多いだろう。アメリカには同じような名前の人も多いので、最初は同一人物とは信じられなかった。建築に詳しい友人に本を見せると、秘密の扉のデザインやチャスとリサ・スーの住むアパートの全景など、ひとめ見て、マイケル・グレーブスの挿し絵だとわかると教えてくれた。
辛口な批評に定評がある作家と大物建築家のコラボレーションによる子供のための本。こんな本が世に出たのは、ニューヨークならではの業種の垣根を越えた人々の交流関係があるからだろうと想像する。アメリカでは、ベストセラー作家による売れる本が主流でありながらも、本書のような、ちょっと粋な趣向を凝らした、本好きの人をニヤっとさせるような良書もまた、数多く出版されているのだ。
私がひとめ見て好きになってしまった本を、ひとめ見て好きになってくださり、本書の邦訳出版を実現してくださった晶文社の安藤聡さんに、この場を借りて、心よりお礼を申し上げます。また、いつものように的確なアドバイスをくれた夫の秦隆司と、子供のための本に興味を抱くきっかけをくれた息子の悠生に感謝します。
平成十五年十二月吉日
宮家あゆみ
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