あとがき

 本書は、富士ゼロックス社が発行する雑誌『グラフィケーション』に二〇〇〇年四月(一〇八号)から二〇〇三年二月(一二五号)まで、三年間にわたり連載した文章をまとめたものである。連載時のタイトルも「見世物探偵が行く」であった。
 単行本化に当たっては、全体を見直していろいろ手を入れたほか、いくつかの章では大幅な加筆をおこなった。また、あらたな図版も付け加えている。なお、連載の二回目に書いた「らくだを探せ」は、同じテーマをさらに展開させた論考をその後に執筆したため(「『らくだ』が居る場所」『落語の愉しみ』岩波書店、二〇〇三)、本書では割愛した。

 そもそもの執筆モチーフは、私がずっとやっている江戸時代の見世物研究、歴史研究を背景にしながら、その一方で、関心のある「現代のフィールド」や時空間を越えた「多文化」へと飛び出し、現場のオーラや異なる論理にふれることで、つねに頭をシャッフルし続けたいという原点としての欲求にあった。結果としてそこには、最近数年間のさまざまな実地見聞と、過去の記憶や追想が含まれているが、こうした一種重層的な往還は、私なりの文化史再編成へのフィードバックとなることが多くあったように思う。
 「見世物探偵が行く」というタイトルには、いまなお現在進行形の、そんな気持がこめられている。
 江戸時代の見世物資料というものは、一般のひとが思う以上に膨大な物量があり、資料に向き合っての過去の見世物文化の解明は、依然として筆者の中心課題であり続けるが、ここにいう重層的な往還は、思考を検証し更新していくという意味で、私にとっての文化史研究、表現文化論の中核をなす。最終章でもふれた東アジア文化圏の視点をはじめ、動物と人間の文化、メディア文化のなかの娯楽、路地と新たな仮設芸能の可能性など、あちらこちらへと往還を繰り返しつつ、今後も見世物探偵の歩みを進めていきたいと思う。

 連載をした『グラフィケーション』は、その名の通りビジュアル表現と文章が半々のいわゆるグラフィック誌で、文章と取材写真、資料写真でカラーページを構成するというスタイルは、個人的に心地のよいものであった。私自身の編集者、取材記者としての出発点がやはりグラフィックな雑誌『太陽』(平凡社)であり、実際にはその後の書籍編集者時代がはるかに長いのだが、外に取材に出るという点を含め、この最初の感覚に案外なじんでいることを連載中に実感した。
 とはいえ、今日の出版状況のなか、グラフィック誌同様に単行本にカラー写真を入れることは予算的に厳しく、あきらめかけていたところ、ありがたくも巻頭カラー十六ページのご配慮いただいた。
 連載時には、ル・マルスの田中和男氏、また担当の菊田彰紀氏に長いあいだお世話になった。ときに読者からの反応をお教えいただいた富士ゼロックス社を含め、心より御礼を申し上げる。『グラフィケーション』はかつて戸井田道三氏が連載(のち『色とつやの日本文化』筑摩書房)をした雑誌であり、同じ雑誌に連載できたことは、私にとって名誉なことであった。
 単行本化に当たっては、晶文社編集部の足立恵美さんにいろいろとお世話になった。とくに巻頭カラーページの英断に感謝。学生時代の一時期、植草甚一にかぶれてイエナ書店に出入りした者としては、晶文社から犀のマークの本を出すことにいささか思い入れもある。
 本書を、これまで道中をともにし、旅先で出逢い、行く先々で袖振り合った多くのひとに捧げる。

  平成十五年九月中浣
                                    川添 裕