はじめに

 音楽が好きな人はたくさんいると思います。歌うのが好きな人、楽器を弾くのが好きな人、聴くのが好きな人、自分で曲を作るのが好きな人。音楽にもいろいろありますが、とにかく音楽が好きな人は、世の中にたくさんいると思います。
 でも、「学校の音楽」はあまり好きじゃないって人、いるでしょう。ほんとうは音楽が好きなのに、なぜでしょうね。理由はいろいろあると思いますが、たとえばこんなことが考えられます。
 ?楽譜を読まされるけれど、音符や記号がよくわからない。ドレミで歌えっていわれても……。イ長調だとか変ホ長調だとか、#や♭がいっぱいついててややこしい。
 ?楽譜どおりに、良い姿勢で、きれいな発声で歌わないといけない。カラオケは得意で自信があるのに、学校では桑田佳祐みたいに歌ってはいけないらしい。
 ?知らない曲が多くて、ふだん好きで聴いている音楽やそれを演奏したり歌ったりしているアーティストがほとんど扱われない。
 ?(教科書に載っているポピュラー・ソングは、)知っている曲でも、もう古い。
 ?好きな音楽やアーティストに対する評価が、音楽専門誌やメディアの評価とえらく違う。「カリスマ天才ラッパー」も「世界の歌姫」も、学校では通用しないらしい。

 ほかにもさまざまな理由があるでしょうが、いずれにしても、好きなはずの音楽がつまらないと思えてしまうようでは、当人にとっても音楽そのものにとっても不幸なことだと思います。
 一方で、「学校の音楽」が好きだという人の中にも、もっとこんな音楽を扱ってほしいとか、もっとこの音楽に深くのめりこんでみたいと思う気持ちがあるかもしれません。音楽そのものへの探求から歴史、時代背景など、学校だからこそいろいろ知りたい、学びたいと思うのは自然な発想ではないでしょうか。
 そこで音楽の先生は考えます。どうすれば多くの生徒が興味をもってとり組める楽しい授業になるだろうかと。その中で、たとえば上にあげたような理由でなかなか授業に興味を持てない生徒がいたら、こんなふうに説明するかもしれません。
 ?五線の楽譜が正しく読めれば、いろいろな曲を自由に歌ったり演奏したりできます。かなや漢字をおぼえれば読書が楽しめるのと同じですよ。
 ?教科書に載っているような(クラシックやクラシックの手法で書かれた)歌曲や合唱曲を歌うとき、その曲を正しく理解するために、まずは正確に歌う必要があります。とくに合唱においては、地声や裏声ではきれいな響きが得られません。
 ?ふだんあまり接することのない音楽だからこそ、学校で触れてほしいという願いがあります。いろいろな音楽に触れ、音楽の豊かさ、すばらしさを感じてほしいのです。
 ?教科書作りの開始から、文部科学省の検定を経て教室で実際に使われるまでには、何年間も要します。めまぐるしく変動するヒット曲に対応することは困難です。
 ?そういう音楽はよくわかりません。
 
 そもそも学校の音楽の授業時間数は、一般に国語や数学に比べて極端に少ない上に、運動会など何か大きな行事が控えていると、たいてい真っ先につぶされてしまいます。その限られた時間の中で何をどう取り扱っていくか、先生方はいつも四苦八苦しています。
 生徒も先生もなにかしら不満をかかえながらの「学校の音楽」だとしたら、音楽を愛する者として、わたしはどうにもやりきれないものを感じます。

 以前、中学校の音楽教師を経験し、現在も微力ながら高校の音楽の教科書作りにたずさわる身として、そのもやもやを少しでも吹き飛ばそうと思い、こんな本を書いてみました。
 音楽が好きだけれど、「学校の音楽」にはいろいろな意味でもの足りなさを感じている人。それではとページをめくった音楽専門誌の情報は、用語からしてチンプンカンプン。「スリーコード」って何? 今さら恥ずかしくて聞けないという人。とうの昔に学校は卒業したけれど、音楽が好きで、息子や娘といろいろな音楽の話がしたいと思っている人。どうぞ放課後の音楽室で先生の雑談を聞くようなつもりで、気楽にゆっくり読んでみてください。

 音楽って、楽しいですよ。