陽は西に傾いていた。
 裏庭の掘建て小屋で水を浴び、こびりついていた垢や汚れを落とした。頭を洗うと指に大量の抜け毛が絡み、より一層薄毛が進行したことを知った。私の前頭部から頭頂部にかけて毛が消滅してしまうのは時間の問題であろう。
 つい数年前まで、私は自分の頭がハゲていくなどと考えてもみなかった。しかし保証人地獄に陥ってから、それはいきなりやって来た。たった一週間で額の両側が灰色になるほど白髪が増え、そしていきなり真ん中から抜け始めたのだ。その後は風に吹かれるセイタカアワダチソウの穂のように、すかすかと抜け毛が止まらない情けない状態になってしまった。薬局で売られている育毛剤は数種類を試してみたが、どれも似たり寄ったりで大した効果は得られなかった。薬局のスタッフ曰く、私は壮年性のハゲではなく、ストレス性のハゲであるらしい。だから育毛剤は効かないのです、ということだった。わかったような、わからないような説明である。
 メキシコ人はすごいなあと思う。
 私はメキシコ人のツルッパゲを見たことがない。額の広がったメキシコ人なら何人も知っているが、所謂ハゲとまで言えるメキシコ人はどれぐらいいるのだろう。世界の平均と比べるとかなり少ないのではないだろうか。白人と黒人は私たちアジア人と同じぐらいのハゲ率である。しかしメキシコ人は、いや、もっと正確に言うならば先住民インディヘナとスペイン人のメスティソ(混血民族)は本当にハゲが少ないのだ。世界一低い自殺率と何らかの関係があるのだろうか。つまりメキシコ人はハゲないし、自らは死なないのである。これはいったいどういうことなのだろう。国民の所得はおしなべて低く、アメリカからはあれだけひどい待遇を受けながら、それでもいつも笑っている。ストレスを吹き飛ばしている。ハゲも吹き飛ばしている。その秘密は何なのか。だからこそ私たちはメキシコに伝わる四つの宝を探しにきたわけだが・・・いや、反省、反省。自分の薄ら頭のことはどうでもよい。今はハゲよりも何よりも、まずはタリア一家に食べさせるものだ。
 うーん、とうなり声をあげ、ハゲ一直線の額を掻きながら私は灰色の空を見上げる。(本文より抜粋)