古本屋之前口上

 古本屋は、こんなふうに考えます。世の中の書物には、既に古本となったものと、これから古本になるもの、この二種類しかないと。
 遠い過去に送り出された書物が、幾時代も経て今も私たちの眼前に現れます。とはいえ、それらは限られた研究者や好事家の眼を喜ばせるだけのもの。そう思われがちかもしれません。いや、そんなことはないと、私たちは思うのです。どのような時代であっても、途方のない夢や物語、伝えておきたい出来事や世界の断面を、何よりもその時代の生な息吹を人は書物に刻もうとしてきました。だから、遠い過去からの書物は、しかし古めかしいものではなく、その片々たる紙片の中に今も新鮮な驚きは溢れているのです。実は、それは現在も変わりません。
 今、私たちも多くの本や雑誌に囲まれています。その見慣れたものたちが、十年、二十年の後に時代を彷彿とさせる懐かしい破片となり、幾時代かの後には新鮮な驚きを人に伝えるかもしれません。だから、私たちは今、二十年後の懐かしい古本に囲まれているのであり、百年後の新鮮な驚きに囲まれている。そう思うのです。
 古本屋という場所は、過去と未来の狭間に現れたちょっと不思議な場所かもしれません。そんな古本屋の書架から、新鮮な過去と、未来の懐かしさを採集してきました。それがこの本です。
 全ての書物は古本になる。そうは言っても、情報技術の急速な進化は、書物の未来をどれほどに変えるのでしょうか。欲する情報は直ぐに手に入る。そんな世の中で、書物という器は不便なものになるのかもしれません。しかし、不便の裏側には様々な豊かさが貼り付いているといいます。私たちも、その豊かさの一つでありたい。そう願います。