オウム真理教(現・アレーフ)のサティアンの内部に入り信者たちの日常を撮ったドキュメンタリー映画『A』、さらにその続編で山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞した『A2』の監督である森達也氏は、既成の概念、一般常識などにとらわれず、現実をあるがままの形で見ようとするドキュメンタリー作家だ。その森氏が、地下鉄サリン事件と9・11テロという二つの大事件がメディアに対して投げかけた波紋を通して、現代社会の裏にひそむ病理・問題をうきぼりにするノンフィクション。
 地下鉄サリン事件を境にして、日本のメディアの現場が「右へならえ」的な思考停止状態に陥った、と森氏は言う。さらに9・11テロ事件以降、国際的なレベルでもこの思考停止の輪は広がり、「悪の枢軸国」などという単純なレッテル貼りが横行し戦争さえも勃発しそうな状況だ。そうした危機的な状況のなか、森氏はポスト9・11のアメリカで『A2』の上映会を決行、多くの観客の支持を受け、他者に対する想像力が人々の中でまだ死んではいないことを実感する。
「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」。多様な価値観をもつ人々がお互いに共存できる社会に向けて、メディアにかかわる人間はいまどう行動すべきなのか? ニュートラルで冷静な目で現実をみなおそうと訴える森氏のルポは、多くの人々の共感を得るにちがいない。