はじめに

 一説では全国に百万人いるともいわれ、今や大きな社会問題とされる「ひきこもり」
厚生労働省の調査でも、一九九九年十一月までの一年間に全国の保健所などに寄せられた相談は六千件以上にのぼるという。そのうち二○代以上が五割を超え、十年以上の長期にわたって自宅や自室にひきこもる例も多くみられたという
 こうした「ひきこもり」問題が顕在化するとともに、近年さまざまな支援活動が紹介されるようになってきた。しかし、ひきこもり状態から脱したい本人や家族にとってみれば、いまだに「いったいどこに相談したらいいかわからない」、あるいは「どこに相談したらいいか迷う」状態が続いているようだ
 同調査でも、多くの相談が寄せられる一方で、ケアに有効とされるひきこもり専門のグループ交流活動をしている保健所などの公的施設は全国でわずか十八ケ所しかなく、行政対応の遅れも指摘されていた。 いったいどこの行政窓口で対応してくれるのか? 親身に相談にのってくれる民間支援団体はどこか? あるいは専門家や医療機関を探したほうがいいのか? 自分の住んでいる地域にあるのか? 費用はどのくらいかかるのか? 本人が家を出られないときは訪問してくれるのか? 親はどうすべきなのか? ホームページで調べることはできるのか? etc.… ワラにもすがりたいと思いでいる家族の不安や迷いは尽きない
 こうした、渾沌としたひきこもり支援に関するさまざまな情報を整理・分析し、できるだけ正確かつ適切な支援情報を本人や家族に届けるガイドブックが必要とされているのではないか
 そう考えた私たちライターチームは、ひきこもりの体験者や家族の声はもとより、行政対応の現状や各地の支援団体の活動紹介、専門家や医療関係者の対応、支援ホームページ、ホットラインなどを網羅した、ひきこもっている本人や家族の立場に立った多角的でわかりやすく、しかも使いやすいガイドを目指して本書を企画し、取材をはじめた
 しかし、さまざまなひきこもり当事者や家族、支援者などとの出会いを重ねるうちに、私たちは改めて「支援」の意味について考え込んでしまった。当初は単純にひきこもりの状態から救出する、脱ひきこもりこそが「支援」と考えていた私たちだが、次第に「ひきこもりの支援とはなにか」「引き出すことだけが支援なのか」と考えるようになっていった。あるいはまた「ひきこもりは悪なのか」「ひきこもっていてはいけないのか」といった根本的な疑問も生まれてきた
 たしかにひきこもりに苦しむ人たちは厳然と存在する。救いを求めている人たちがいる。ぜひそういった人たちの力になりたい。しかし、ひきこもりの状態や状況が多種多様であるように、その「支援」のあり方もまたさまざまであってもいいのではないか。私たちは立場の違う多くの人たちの声を耳を傾け、話し合いを重ねるうちに、そう考えるようになっていった
 したがって本書で取りあげている「支援」には、医療・カウンセリングから電話・来所・メール相談、家庭訪問、宿泊施設での共同生活、フリースペースなどの居場所提供、就労支援、親の会や自助グループでの活動、インターネットによる情報提供まで、あらゆる形態の「支援」が含まれている。自宅・自室での閉じこもり状態からの「引き出し」もあれば、ときには「静かに見守る」という支援の仕方もあるのではないか、というのが今の私たちの考えである
 また本書では、「二○代後半までの若者が半年以上社会参加しない状態が続いていて、ほかの精神障害が原因とは考えにくいケース」などと定義される「社会的ひきこもり」だけでなく、学校(勉強)や仕事が長続きしない、なんとなく人づきあいが苦手などのいわゆる「ひきこもり系」の人たちも含んだ幅広い「ひきこもり」の人たちや家族を対象にしていることも断っておきたい
 本書の内容についても少し触れておきたい
 第1章の「ひきこもり問題Q&A」では、ひきこもり問題の概略をわかりやすく解説するとともに、私たちのひきこもりに対する考えも込めて述べている
 第2章では、現在ひきこもり支援に積極的に取り組む四つの団体の活動をルポした。各団体とも多岐にわたる活動を繰り広げているが、ここでは親同士の交流、訪問活動、フリースペース、医療ケアに絞ってその支援内容をつまびらかにしている
 一方、第3章ではこうした団体に関わり、支援を受けたひきこもり当事者の声を掲載している。つまりサポートする側とサポートされる側の双方の取材をすることで、ひきこもり支援の両側面を紹介しようという試みである
 第4章の、さまざまな分野の四人の方たちに、ひきこもり問題に対するお考えや支援プランを発言していただいたインタビューも、「支援」を考えるうえでの一つのヒントになるのではないだろうか
 また第5章では、民間に比べて「立ち遅れている」と言われる国や行政の支援がどこまで進んでいるのかを取材した
 そして「情報編」の「ひきこもり支援団体紹介」では、北海道から九州までひきこもり当事者や家族に対する支援活動を行なっている約一四○の団体・個人を紹介している
 本書を出版するまでに、およそ一年の歳月を要した。その間、私たちは少しずつ取材をすすめ、構成を練り直し、意見をたたかわせた。「支援ガイド」としてはその内容もデータ量もまだまだ不十分であることは重々承知しているが、「支援」を要する人たちの手に少しでも早く旬の情報を届けたいと思い、出版に踏み切った。批判や意見を甘んじて受けるつもりだが、とにかく少しでも本書がひきこもり問題の「支援」につながることは私たちはせつに願っている
 最後になったが、本書を企画編集するうえで、多くの人たちから取材協力やデータ提供をいただき、またアドバイスなどのさまざまなお力添えをいただいた。この場を借りて改めてお礼を申しあげたい
 二○○二年 酷暑の八月に 編著者を代表して 森口秀志