「あとがき」より
ひとと話をする、それもひとと本の話をすることは、一日の時間のなかにいい時間をつくりだすこと。そう言っていいかもしれません。そうして、見えない贈り物を親しく手わたすように言葉を親しく手わたすことができるのも、たぶん本の話だからできることかもしれません。黙って日々をうつくしくする折々の花のように、本を読み、本の話をする楽しみもまた、折々に失くしたくない静かな楽しみです。
本のなかにあるのはひそかな自分の時間です。本を読むことは自分の時間をすすんで手にするということです。本を読むとは「胸をどる」ことだとうたった、与謝野晶子の「秋の夜の歌」(一九三一年)という詩のように。
時計を見れば十一時、
秋の夜長の嬉しさよ、
筆さしおきて、また更に
己が時ぞと胸をどる。
立ちつつ棚の本を抽く。
夜更けて物を読むことは、
田を刈る人が手を止めて
しばらく空を見るよりも
更に澄み入る心なれ。
一のペイジをそっと切る。
今夜新たに読む本は
未知の世界の旅ぞかし。
初めの程は著者とわれ
少し離れて行くも好し。
敬ふごとく次を切る。
唯だ打黙し読む
もどかしとする虫ならん、
我れに代わりて爽かに
前の廊より声立てぬ。
電灯のいろ水に似る。
(後略)