プロローグ



 愛犬の死は、ひたすら悲しい。
 可愛がって小さな思い出を積み重ねてきた相手だけにいとおしく、せつなくて、涙で胸がつまってくる。

 私は四年前に愛犬のモモをがんで失った。八歳だった。
 いまでも、モモが真っ白い目をして、ぴたりとも動かなくなったときを思い出すと悲痛な気持ちになる。いのちがコトンと音をたてて消えた瞬間は、容赦なくモモとの絆をひきさかれたようで、このまま自分が壊れてしまうのではないかと思ったほどだ。一日でも長く生きていてほしかった。その他のことは何も考えられなかった。
 私にとって、モモはただの犬ではない。小さな友だちであり、私のこころである。愛情の器をいつも満たしてくれたから、そばから消えてしまったときは「愛」を失ってからっぽの状態になっていたのだと思う。どうしようもないほど涙がこぼれてくる。こんなときモモがいてくれたらどんなにこころが温かくなるだろうと思って、たくさん泣いた。でも不思議と何度も泣くことで心が洗われてきた。悲しみがゆっくりと私の胸に深くおちて、どんどん優しさが降ってくる。
 こんな経験は、初めてだった。

 いまになって思うと、有効な治療方法もなく残された時間だけを抱きしめるように暮らしていた日々はつらかったが、いちばんの蜜月であったかもしれない。〈いつかは死んでしまう〉その現実が動かせないのなら、最後までこの子のそばにいていのちを温め続けよう。それだけを思い続けていた気がする。
 呼吸を合わせて生きていくことで、私はモモの言葉を聞くことができた。いままで見えなかったことが見え、知らなかったことがわかり、その一つひとつが響いて、せつないけれどもしあわせだった。
 犬には死への不安はないのだろう。モモはがんにおかされた身体でも、ゆったりといつもの時間を楽しんでいたのだから。食べて、眠って、私の後をおいかけて安心している。大好きな人たちの笑い声、おいしいごはん、さんぽという言葉。それがいつも揃っていることが幸福だった。
 私にできることは、それを守ってあげることしかない。
 死んでしまうと歯をギリギリ言わせて、いずれくる別れの悲しみをこらえている自分はなんてちっぽけなんだろう。だから、不安や後悔なんていう気持ちは振りすてて、日常の中に満足を積みあげていくことが大切なんだ。
 〈モモはいまを生きる〉
 そう思えたとき、私にも小さなしあわせが見えた。

 本書は、かならず先に消えてしまういのちに寄り添って、真摯に向き合う人たちの言葉のかたまりである。
 私は失った犬の言葉を探して──悲しみの共有を求めたのかもしれないけれど──、まったくの手探り状態で歩き始めたが、最終的には一人ひとりの言葉に自分の感じたことを後押しされ、確認していく作業となった。
 別れを話すとき、人はほんとうに心の底から泣いているのだと実感した。みんな純粋に相手を思い続ける気持ちをもっていて、それぞれが何か大切なことに気がついている、と知った。一緒に過ごした日々、守り抜いたやさしさを語ることで、いままで吹いていた悲しみの風が、いつしか温かい風に変わっていくようだった。
 もしもいま、犬や猫を失ってこんなにも悲嘆にくれる自分を受け入れられない人がいるとすれば、私はもっと素直になってほしいと思っている。無心に愛したものが消えてしまうのはつらいことだ。泣きたいときは泣けばいい。痛みから立ち上がろうなんてしないで、ひたすら愛するものを思い続けていれば、温かさと共にきっと確かなものを取り戻すことができるだろう。

 闘病を支えた獣医師たちへも会いに行った。私はお互いの言葉を重ねることで、何が見えてくるか知りたかった。
 「こころある獣医師」と形容したのには理由がある。動物病院の対応の悪さで、無惨な別れを引き起こされてしまったという話がことのほか多いからだ。怒りや悔しさを訴える人もいる。ここには獣医師に向かって「あなたのその一言で私はこんなに傷ついた」と伝えられない飼い主のコミュニケーション不足の問題がある。また獣医師サイドでは、動物と飼い主に対して、何を提示し共有していくのかを発想できる環境が育っていない。
 この問題は突き詰めていくと、〈動物医療は人の幸福のためのものか、動物の幸福のためのものか〉という問題を抱え込むことになるだろう。簡単には答えが出ないが、わからないものを見つめていくことは大事なことだ。
 収録されている三人の獣医師のインタビューでは、それぞれの考える動物医療の限界が話されている。そのうえで、獣医師が何をもって治療やケアに成熟していくかが具体的に提言された。ケアの質とは何か。Quality of Life とは誰のものか……。一緒に考えてみてほしい。

 私は動物との暮らしを、内向化していく現代人の孤独と捉えるのではなく、小さな幸福を深く吸いなおすことだと思っている。
 失うことばかりが目につく私たちの時代で、犬や猫たちはしあわせの場所、勇気のかけらを取り戻すことを教えてくれるのではないだろうか。
 涙でいっぱいの言葉のなかから、少しでもそのことを感じていただければ、嬉しい。