超大量化学療法

 98年の1月中旬、3回目の抗がん剤治療の直前に内科の外来に行った。
 「超大量化学療法」
 そんな、いかにも不吉な名前の治療について話を聞くためだった。
 ブースに入ると、いすに深く腰かけた髪がばさばさの医者がいた。血液の病気が専門のM医師だった。
 効果のある抗がん剤も、繰り返し使っているうちに効きにくくなることがある。そこで、通常の約3倍量を投与してがん細胞を一気にたたく。
 「3倍の薬なんて冗談だろう」ととっさに思った。
 その心を見透かしたかのように、M医師は「当然、副作用が問題です」と言った。最も怖いのは白血球がゼロ近くになることだという。抵抗力が落ち、肺炎などの感染症にかかりやすくなって命が危険にさらされる。
 そこで、あらかじめ採っておいた本人の「幹細胞」を、抗がん剤の投与後に戻す作戦をとる。幹細胞とは白血球や赤血球になる前の細胞。こうすると抵抗力が早く回復する。
 患者は白血球が増えてくるまでの3週間ほどを無菌室で過ごす。
 自分の血を使った骨髄移植のようなものだ。患者の負担は骨髄移植より少ない。ごく最近広まった最先端の治療で、この病院の泌尿器科では初めての試みだと聞かされた。
 「ほかの科で20人に実施しましたが、肺炎で1人だけ亡くなりました」とM医師は言った。
 20分の1という実績をどうとらえればいいのか分からず、「死ぬこともある」という印象だけが残った。
 M医師は最悪の可能性について淡々と説明した。直接的な物言いと自信満々の態度に、僕は安心感より反発を覚えた。後で変わるのだが、第一印象は良くなかった。
 病室に帰って窓から外を見ると大雪だった。音もなく降りしきる雪の粒を見ながら、今しがた聞いたM医師の説明を思い出していた。
 命の危険より、吐き気、けん怠感、熱、口内炎などの副作用の方が正直、怖い。通常の量の抗がん剤で十分に地獄なのに、3倍も投与したらどうなってしまうのだろう。
 さらに、狭い無菌室に3週間も閉じこめられるとは。精神が壊れて修復不能になるんじゃないか。
 「通常の抗がん剤」という強敵を相手に苦戦を強いられている、そのさなかに、3倍も強い相手が控えていることを通告されてしまった。