居場所がない――日本で生まれ育ち、日本語を母語とし、日本の文化を身につけていても、在日韓国人であるゆえに著者が二十歳の頃から持ちつづけている思いである。
 東アジアに「近代」が到来して百数十年。「文化」は「国家」や「民族」という枠組みと不可分に語られてきた。そうした枠組みに収まりきらない「私」は、国家や民族からはじき出された人々の声を聴き取り、彼らの記憶を呼び起こす旅をつづける。
 手がかりは大衆文化。戦争や抑圧や差別の時代にあっても、音楽や映画は国境を越えた。たとえば、「演歌の源流は韓国」とされるが、韓国では「韓国演歌の源流は植民地時代の日本の唱歌」だと言う。
 また、一九〇二年の大ヒット曲「天然の美」。木下大サーカスのテーマ曲にもなったこのメロディは、旧ソ連の中央アジアでは「故国山川」のタイトルで朝鮮人流民の子
孫たちに歌い継がれている。
 本書は熊本学園大学での「東アジア文化論」という講義の草稿から生まれた。「文化」を語り合うことを通して、自分は今どこにいてどこに向かおうとしているのかを共に考えてみようという「問いかけの場」の再現だ。
 一九八六年のベストセラー『ごく普通の在日韓国人』の著者は、元気に歩んでいます。