無類の旅好きである池内紀氏は、気の向くまま世界をめぐる。
 複数の民族と文化が共存する東欧へ。土地土地の生活習慣が今も息づくイタリアへ。温泉と山と漢字の国、台湾へ。
 いずれも回り道に寄り道ざんまい。しがない酒場へ、理髪店へ、古書店へと足を運ぶ。
 旅の達人は、出会いの達人でもある。ある時は、にわか中国語を駆使してマカオの花売りに変身。天秤棒を担いでみたもののヨタヨタとへたばって、町の人の笑いを誘う。
 バルト海の港町では、多数の死者を出し、船長が生き残った海難事件のことを知る。教会守りになった船長は、毎日三時間ごとに、鐘を鳴らす。その悲しい音色……。
 ヴェネチアでは、グズでのろまだが、実は人並みはずれた能力をもつという男の存在を知る。彼のサッカーの勝敗予想は不思議とよくあたるのだ。桟橋にたたずみ、ゲームの行方を占うその姿は、名画で見た小天使を思い出させる。
「一人旅はヒマなので、あらぬことを考えたり、よくない空想にふけったりする。現実の旅以上に旅先で思ったことが、もう一つの旅になる」(あとがき)
 池内氏は、ほんとうに旅をしているのか、彼の夢想の旅なのか。いずれにしても、何気ない道行きが忘れられない思い出をつくる。だからこそ、詩的なロードムービーのように心が洗われるのだ。ガイドブックには決して載らない極上の旅22篇。