東京生まれ、東京育ちのくせに、東京に強い憧れを抱きつづけてきた。
 わたしの生まれ育った東京は隅田川と荒川の間、いわゆる下町の、浅草から見れば、川向うも川向う、いわゆるゼロメートル地帯と呼ばれた地域だった。
 しかも戦後の復興途上で、家(稼業は酒屋)の近所は小さな町工場や住宅が密集し、ガサツながら、なにかしたたかなエネルギーを感じさせる街でもあった。
 だから下町の情緒とか小粋な雰囲気とは、まるで無縁の雰囲気で、つまりは場末の下町。
 しかし、というか、だからというか、中学生のころから、幻の東京に恋していた。現実の、身のまわりの東京ではなく、幻想の東京に強い憧れを抱いている自分に気づくこととなった。
 東京への恋、に陥ちたようなのである。
 ――そんな著者が描いた、好きな本の中でつづられている好きな東京の姿が一冊の本としてお目見え。鴎外あり荷風あり幸田文あり乱歩あり。鏑木清方も井上安治も滝田ゆうも登場する。