東京生まれ、東京育ちなのに、東京に強い憧れを抱いてきた。今もである。きっかけは、中学生の頃だった。広重描くところの名所江戸百景の刷り物を見た時であった。小村井、柳島、曳舟……。
 自分の住んでいる周辺の町がこんなにも美しいものだったのか。現実と錦絵に描かれたギャップに驚いたのである。
 気がつくと、自転車に乗り、古書店を訪ねていた。鏑木清方の『築地川』や鶯亭金升の『明治のおもかげ』、明治の開化錦絵などにも出合っていた。『大東京繁昌記』にも。
 今に至る東京関連本、錦絵や刷り物収集癖が始まっていたのである。東京への恋、に落ちたのである。
 気がつくと、身の回りには東京関連本がうずたかくなっていた。山となっていた。多くは、電車の中や、町歩きに疲れて入った喫茶店やバーなどで頁をめくったものである。町の本は町の中で読んできた。そこでの東京が、三々五々、ここに集まった。
 夏目漱石『硝子戸の中』、森林太郎『東京方眼図』、幸田露伴『一国の首都』、野田宇太郎『東京ハイカラ散歩』、滝田ゆう『寺島町奇譚』、芝木好子『春の散歩』、森まゆみ『谷中スケッチブック』……百余冊。
 書評でもブックガイドでもない。楽しい東京本読本である。