世の途中から隠されていること

木下直之 三九九〇円
日清戦争のとき広島に建てられた凱旋碑は、そのまま平和塔となっている。女装姿のヤマトタケルのイメージは、実は明治につくられたものだ。私たちが当たり前のことだと思っていることの起源は案外新しい。記念碑、肖像写真、見世物など、歴史に埋もれた物を掘り起こし、日本人の美意識の変遷をたどる。美術からみたもう一つの明治の歴史。

全面自供!
赤瀬川原平  聞き手 松田哲夫 三〇〇〇円
語り下ろしの自伝。聞き手は三十年にわたる友人の松田哲夫。「ハイレッド・センター」の時代からニセ千円札事件。路上観察での南伸坊や藤森照信らとの付き合い。『老人力』などの活躍。大好きなカメラのこと……。赤瀬川原平のラディカルな面が次々とあばかれる。

人生は博覧会 日本ランカイ屋列伝
橋爪紳也 二一〇〇円
明治時代にはじまり戦後も続いた博覧会ブーム。その博覧会はたくさん民間ディベロッパーに支えられて、彼らは知恵と技を競って様々な催しを成功させた。日本で初めてアクロバット飛行の興行をした櫛引弓人。巨大な大仏の見せ物を出品した高村光雲。金沢に「宝塚」を創ろうとした平沢嘉太郎。大きな夢を抱きながら近代を生きたランカイ屋たちの人生の物語。

内田魯庵山脈 「失われた日本人」発掘
山口昌男 六九三〇円
埋もれていた内田魯庵の小篇に、失われた知の原郷が隠されていた──。近代日本の諸学、人類学、考古学、民俗学、美術史……は、学校のようなタテ型でない趣味や遊びに根ざした市井の自由なネットワークに芽吹き、魯庵はその象徴的存在だった。本書は、魯庵を手がかりに、近代日本の知の最良の部分と、粋な日本人たちを壮大な規模で掘り起こす、歴史人類学の達成である。

美女とは何か ──日中美人の文化史

張兢 二五二〇円
古来、美女は世の憧れを誘う一方で、男の運命を狂わす悪女であり、亡国の元凶であり、女神、幽霊、異人、薄幸、世の移ろいのたとえであった。また、文化によって時代によって、美人観は大きく変化する。美人は文学や絵画のなかでどのように描かれ、いかにイメージが形成され、機能したのだろうか。東アジアにおける美女と美貌に関する比較文化史の決定版。

ポラエヴァシー
荒木経惟写真、飯沢耕太郎編 二四一五円
女に猫に焼肉に枯れた花…。オモチャ箱をひっくりかえしたようなオールカラー666点もの写真はすべて、アラーキーの目が見て指が触れた現実の生きた標本なのだ。限りなく未完成で生々しいポラロイドの特性を存分に発揮し、愛おしい日々の瞬間を真四角なフレームに定着させた初の本格的ポラロイド写真集。街を口説き女を口説くアラーキーの日常。

軟弱者の言い分

小谷野敦 一六八〇円
体が丈夫な奴なんか友達に持ちたくない! 軟弱者で何が悪い。『もてない男』で多くの男性に勇気を与えた著者が満を持して放つ、言いたい放題・痛快エッセイ集。自分さがしの胡散臭さ、いじめられっ子の怨み、ベストセラー小説に疑問を呈する、などなど。誰もが恐くて口にしなかったあんなことこんなこと、強者仕様の世の掟に物申す、軟弱ヒーローここに誕生。

哲学者クロサキの写真論
黒崎政男   一九九五円
デジタルカメラの出現で、撮った画像データをいかようにも加工できるとすると、決定的瞬間を切り取るという写真本来の意義はどのように変わっていくのか? 技術の進歩に伴い変化する人間の美意識に迫り、まったく新しい写真論を構築する。クラシックカメラからデジカメまで写真の歴史を縦横無尽に駆け抜ける哲学者の勇壮な試み。

新教養主義宣言
山形浩生 一八九〇円
出口のみえない不況、会社はリストラの嵐、年金は先行き不明、学校は崩壊、ドン詰まりで打つ手なしの二ッポン。でもどうせそうなら、もっとアクロバチックでクレイジーな提案をしていこうよ。国家の民営化、選挙権の売買、消費税の連続的引き上げ等々、21世紀の日本社会へ向けた、一見暴論だけど実はまじめで巧妙な提案の数々。いま望まれる新しい知の集積がこれだ。

マンガの力 ──成熟する戦後マンガ
夏目房之介 一六八〇円
手塚治虫「ブッダ」、梶原一騎「巨人の星」、藤子不二雄「ドラえもん」、水木しげる「ゲゲゲの鬼太郎」、美内すずえ「ガラスの仮面」、山岸凉子「日出処の天子」などなど、戦後マンガの黄金期にうまれた名作群はなぜ面白いのか。その面白さの秘密を、夏目流「マンガ表現論」の手法であざやかに解析。あの名作を読み返したくなる、定番名作マンガの読み方。

*表記の定価は2002年1月現在のものです。定価、仕様は予告なく変更する場合があります。