あとがきにかえて

 オードリーとフランソワーズ。
 オードリーは間違いなくヘプバーンだとして、フランソワーズの方は一体誰なのか。
 「マリアンヌとフランソワーズ」であれば、前者がフェイスフルであるからしてアルディだろうし、「カトリーヌとフランソワーズ」ならドヌーヴとドルレアックの姉妹、「アガタとフランソワーズ」だとモレシャン親子ということになります。
 あまりファースト・ネームで呼ばれない人ですが、ここでのフランソワーズはサガンです。オードリー・ヘプバーンの映画とサガンの小説。定番といわれながら、あまりにポピュラーなために逆にスノッブを気取りたいセンスのいい女子には手にとってもらえないというアイテムの象徴でもあります。
 私が乙女の定番、あるいはクラシックといったものについて考えるようになったのは、「乙女は何を聴いたらいいんですかね?」という十八歳の女の子の質問がきっかけでした。
 その時はたと気がついたのです。自分にとってはベタ過ぎるとか、あまりにもみんなに知られているという理由で、何か大事なものを私は忘れていないか。既に個人サイトを始めて一年くらい経っていましたが、「私がたまたま知っていて、他の人は誰も知らないような事柄」を書くのに夢中の頃でした。
 そこで、サイトに「二十歳シリーズ」というコーナーを作ってみました。そこに並べたのは、アストラッド・ジルベルトのレコードとか、それこそ知っていても誰にも「通だね」って言ってもらえないような、ファンダメンタルなものばかり。でもそうしたものは、同時に時代が変わっても色あせない丈夫な魅力にも溢れています。祖母から母へ、母から娘へと受け継がれていく真珠のネックレスのようなものです。
 自分が登った先から梯子を外していくようなことはやめて、道筋を残しておこう。私が知っている素敵な年上の女性たちが、今まで私のためにそうしてきてくれたように。そんな気持ちを込めて作ったささやかなデビュタント・セットのカルチャー編ではありましたが、発展してこんな風に一冊の本になるとは思いもしませんでした。
 乙女の定番と言いつつ、多分に「私が歌うマイ・フェイバリット・シングス」的な要素が入っています。『枕草子』の昔から、徒然なるままに好きな物を並べるのは乙女道のひとつということで許して下さい。また、最初はなるべくクラシカルなものを!と思ったので、例えば『ふたりのベロニカ』といったような九十年代以降の乙女定番は意識的に抜いてあります。
 それでもこれで乙女文化を網羅出来たなんて思っていません。きっと私が知らない素敵なサムシングがまだたくさん隠れているのでしょう。「乙女定番とかいって、肝心のあれが抜けているじゃない!」と思ったら、是非私に教えて下さい。
 それこそ、様々な形でこの本のために情報をくれた乙女たちには、心から感謝したいと思います。「乙女といったら、あれよねえ」という発言が飛び交うお茶会も楽しゅうございました。自分の心の乙女的なものを駆使して、女子だけだと出てこないようなトピックスを提供してくれた男の子たちもありがとう。
 何より、この本を企画してくれて、遅々として進まない原稿を待ってくれた晶文社の安藤聡さんと、編集作業を引き継いでくれた篠田里香さんに感謝を。
 オードリーとフランソワーズはヘプバーンとサガンのことですが、同時に乙女というレンジの中に存在する多様なパーソナリティーを表す言葉でもあります。オードリーが内気でフランソワーズが生意気。オードリーが歌とダンスが得意でフランソワーズが文学少女。オードリーがチェーン・スモーカーでフランソワーズがスピード狂。
 あるいは趣味がちょっとずつ違う無敵の女の子二人組。オードリーとフランソワーズは、レネットとミラベル、ステーシーとリンダ、イーニドとレベッカ、 桃子と花子、葉月と茜、あなたと私になりうる。
 そんな風に乙女たちが自分の世界を広げていくことを祈りつつ。