一冊の本から思いがけない風景が広がり、一行のなかに人間の深淵を発見する。そんな豊かな読書体験をしたことはないだろうか?
 映画・都市に関する評論で定評があり、対象への温かいまなざしで読者を引きつけてやまない川本三郎氏が、いつまでも心にとどめておきたい極上の日本文学を味わい尽くした。
 『暗殺の年輪』のお葉に代表される、藤沢周平小説の心優しいヒロインに心をうたれ、『恥部の思想』では、花田清輝のひねくれた文体の裏に潜む、強烈な批判精神を読みとる。
 野田宇太郎の『東京ハイカラ散歩』を通して、町歩きの神髄に触れたかと思えば、大江健三郎文学の「子ども」性について思考をめぐらせる。
 はたまた、『荷風と東京』で古き良きものへのオマージュをささげた川本氏は、失われた美の風景を描いた久世光彦の『謎の母』に並々ならぬ関心を寄せ、村上春樹、江國香織、柳美里、川上弘美の話題作を読む時にも、その勘所を鋭い洞察力で浮かび上がらせることを忘れない……。
 大正から現代までの、通好みの名作と話題の小説・評論・エッセイ、約40作品。川本氏の書物への限りない愛情と、思想の軌跡が見えてくる、大変興味深いエッセイだ。
 文学愛好家はもちろん、良質な文芸作品と出会うための読書ガイドとしても最適。これまで以上に、本を読むことが楽しくなる。