「もう、いまは誰も唄わないんだけどな」
 一〇年前、北の地で出会った老人がそういって聞かせてくれた木遣り唄。旋律は起伏に富み、力強く、山での作業の様子を見事に甦らせてくれる。その地に響く唄声が、著者の旅の出発点となった。
 完成された儀礼用の木遣り唄とは違う、自在に変化する労作唄としての木遣りが、まだどこかで細々とでも唄い継がれているのではないか。そもそも唄を必要とした労働とはどのようなものだったのか。
 東京・木場、木曽、熊野、高知、京都、飯能、和歌山、日田、広島、岡山、北海道……幻の唄を探して各地を訪ね歩く。山に分け入って、伐採や集材や運搬の実際を見、炭焼きに汗し、古老の話に耳を傾ける。
 そして、培われた技能や知恵を掘り起こし、人々が山や森や木とどう関わってきたかを本書に熱く描きだした。
 失われた唄の向こうに浮かび上がる、森に生きる人々と山の木々との厳しくも豊穣な世界−−。
 日本の林業の営みが、その歴史と問題点もふくめてダイナミックに伝わってくる。
 林業のみならず、戦後五〇年余りのあいだに、じつに多くのことが急激に変わった。私たちが得たもの失ったものとは? そして、ここから先、何を唄う? 読者もまた、著者同様、自らのこととして思いめぐらすことになるだろう。
 唄うことの心性と働くことの意味を深く問う、渾身のルポルタージュ。