他者と深いところで触れあうには? 自分の内なる声と出会うには?
 真のコミュニケーションについて追求してきた演出家が、この十年の思索と実践のすべてを綴った。『ことばが劈かれるとき』『癒される力』などに続く、人間が人間であることの源に鋭く迫ったエッセイである。
 「ろくに顔も見ず、サインを送るために他人の肩にさわる時、その人は相手を感じてはいない。さわった『つもり』という観念の内に閉ざされている。
 相手の肌の温かさ硬さがてのひらいっぱいにしみて来るのを感じた時初めて、『ひと』のからだがそこに『ある』。『ふれる』ことは必ず『ふれられる』ことで、この交差において、相手の『からだ』が呼びさまされるのだ。
 この直接性──わたしは生きている──この、あらゆる愚かさと分別と罪と喜びとを孕みかつ担う『からだ』の、また『からだ』と『からだ』のぶつかり合いの、うごめきを記述すること。その気づきの驚きと喜びとが、これらの文に動いていれば嬉しい」(あとがきより)生きること、表現することの力がふつふつと漲る一冊。