「もし〇〇したらどうする?」論法(The "what if ?" game)

 軍隊について議論しているとき、よく使われる論法として、いわゆる「もし〇〇したらどうする?」というのがある。最近ある大学で講演したあと、そういう質問が出た。つまり、「もし北朝鮮が日本を侵略したらどうする?」という質問だ。この「もし〇〇したらどうする?」ゲームには決まったルールがあって、そのルールによると、「それはあり得ない」とか、「その可能性は少ない」などは答えとして認められない。なぜならその質問は確率に関するものではなく、もしそういうことがあったらどうする?、というものなのだから、確率が低い、という答えは質問とかみ合わないのだ。
 ではさっそく、ルールに従いながらこの「もし〇〇したらどうする?」ゲームを始めよう。
 まず第一に、その学生に聞かれた難問、つまり「もし北朝鮮が日本を侵略したらどうする?」から始めなければならない。これを取り上げること自体、朝鮮人民共和国に対して失礼だと思うが、この「もし」が日米安保条約の正当化にも日本の再軍事化の正当化にも新ガイドライン関連法にも憲法改正にも、さんざん利用されてきた以上、無視するわけにはいかない。もちろんその学生が私に質問したのは、朝鮮半島の南北首脳会談以前だったし、これからこの「もし」の人気が落ちてなにか別の「もし」が流行ってくる確率は高いのだが、それはこのゲームとは関係のないことだ。「もしそうなったら」という質問だったからである。
 はじめに、「もし北朝鮮が日本を侵略したらどうする?」という質問自体をまず整理しなければならない。どういう状況での侵略のことか分からないと答えられないからだ。今の状況のままだったら、日本には米軍が駐留しているので、それは朝鮮人民共和国がアメリカ合州国に戦争を仕掛けたことになる。もちろん、米軍にはそのための有事戦略はできている(そして、ペンタゴンにはその有事戦略を実践できるきっかけを待ちかねている人もいるはずだ)。有事戦略の中味を私たちは知らないが、朝鮮人民共和国への激しい攻撃、もしくは侵略になるだろう。そうなると私たち普通の人の動きとは関係なく、軍は動いていくだろう。
 では、もし米軍基地が日本から撤廃されただけではなく、安保条約が廃止されて日本がアメリカの「核の傘」の下にもう入っていない状態だったらどうなるだろうか。その場合、自衛隊は自衛隊法に従って防衛戦争に入るし、多くの地方自治体・民間組織・市民も動員されるだろう。米軍と同じように、そのための有事戦略はもうすでにできているだろう。この場合でも、普通の人動きや気持ちと関係なく、自衛隊は動いていくだろう。
 しかし、その「もし」という質問をした人がそういうことを聞いたつもりではないことはよく分かっている。もし米軍が消えた上、日本が非武装中立になったら、という状況を想定しているのであろう。しかしまず、その仮定的状況が現状とどれだけかけ離れているか、を認識しなければならない。そして現状からどういう過程を経ればそういう仮定的状況へたどり着くのが可能なのか、をも想像しなければならない。
 今の日本の政府の体制の気が変わって非武装中立にすることは考えられないし、〇〇党が選挙で過半数をとって非武装中立にすることもありえないだろう。日本を非武装中立に変えようとするなら、世界史でまれにみる大規模の草の根運動が必要だろう。そして、そういう運動が選挙だけではなく、ストライキ、座り込み、市民的不服従、非暴力抵抗などなどの戦略を使って、しっかりした連帯で本格的なピープルズパワーにならないと成功できないだろう。つまり、非武装中立を実現する過程によって日本社会は抜本的に変わるし、そしてその過程で「侵略されたらどうする」という質問の答え、というよりもその具体的な対応策、が現われてくる。つまり、自分の政府に対して使った抵抗運動の方法で、侵略者に対しても完全非協力抵抗運動を起こすことができる。歴史上そんなやり方が成功した例がどこにあるのか、と聞かれたら、答えとしてインド、ポーランド、チェコスロヴァキアなどが挙げられる。そのやり方では成功する保証がないのではないか、という疑問に対しては答えようがない。しかし、軍事力で抵抗しても成功する保証は同じように、ない。戦争という方法を利用するものの半分が敗北に終わるということを忘れてはならない。国際関係の領域のなかで「保証」というのはあるわけがない。
 では、ゲームを続けよう。次の質問は当然、「もし『戦争のできる国』になって、日本が朝鮮人民共和国を侵略したらどうする?」となるだろう。「それはありえない」とか「その可能性はとても低い」とか言いたくなるかもしれないが、そういう答えはこのゲームではルール違反だということを思い出してほしい。そして確率について、これからなにが起こるかを予測しようとした場合に言えることは、以前の歴史にあったことがまた起こる可能性は、一度も起こったことがないものが初めて起こる可能性よりも、高い、ということだ。日本は朝鮮半島を侵略したことがあるけれども、朝鮮は一度も日本を侵略したことがないという歴史的事実を踏まえた上で、確率は計算されなければならない。そして、弱いものが強いものを侵略するよりも、強いものが弱いものを侵略する方が圧倒的に可能性が高いというのは、現実主義的な国際関係の常識だろう。しかし、こういう確率の話はすべて脱線であって、質問は、モシそういうことがあったら? だ。答えを、日本を戦争のできる国に変えようとする人びとにお任せする。
 次に、「もし米軍あるいは日本軍が、朝鮮人民共和国が『日本を攻撃した』といううその事件をでっち上げて、その理由で侵略したらどうする?」という質問になる。これはちっとも珍しいことではなく、伝統的な軍事戦略であって、例えば関東軍が〇〇事変にも使ったし、米軍がトンキン湾事変にも使った。そういう場合、数十年たたないと、でっち上げだったことをはっきり証明する資料が出てこないことが多い。したがって「どうする?」という質問に対しては、軍がそういうふうに動き出したらどうすることもできない、という答えしかないだろう。
 続いて、「もし米軍が朝鮮人民共和国、あるいは他のアジアの国へ『人道的介入』という名目で攻撃を仕掛けたらどうする?」。具体的には自衛隊がそれに参加するかどうか、という問題になる。しかし新ガイドラインと周辺事態法でその参加(後方支援)はほぼ決まっているので、参加するべきかどうかという民間の議論が始まる前にもう自衛隊は出発してしまうだろう。そうだったらこの質問に対して、どうすることもできない、というのがまた正解になるだろう。
 それから、「もしアメリカがまったくの国内政治問題を解決するために、アジアのどこかで戦争を仕掛けたらどうする?」というのもある。クリントン大統領が上院議会で弾劾されていたやま場で、二回も他国への攻撃を命令した(イラク、それからアフガニスタンとスーダン)ことを思い出せば、その可能性は大いにあるのが分かるだろう。その場合、日本はどうするのだろうか。いくら軍国主義であったとしても、そういう自国の国益と無縁な戦いに参加するのか。しかし新ガイドラインがある以上、政府は断ることができるだろうか。
 それから「もし中国と台湾とのあいだで戦争が起こり、アメリカが台湾側に介入したらどうする?」というのもある。その場合、もし日本が新ガイドラインに従って米軍の後方支援として派兵すれば、日本と中国との戦争が復活する。繰り返しだが、ここで「その可能性が少ない」云々の答えは通用しない。新ガイドラインの支持者はこういう質問にこそ答えなければならない。
 「もしアメリカとどこかの国が核戦争を始めたらどうする?」という質問もある。攻撃目標となっている米軍基地は日本のいたるところにあるので、「どうする?」という質問に対する正解は、「死ぬ」である。
 最後に、「もし自衛隊/日本軍が海外ではなく、国内で攻撃を開始したらどうする?」という質問がある。「それはありえない」と答える前に次のことを考える必要がある。つまり、
 1、国内の秩序を守ることが、自衛隊の前身たる警察予備隊の唯一の役割であった。
 2、今の自衛隊法にもその役割はまだ書かれてある。
 3、この本に書いたように、世界の多くの軍隊が自国民弾圧のための組織になっている。
 4、石原慎太郎東京都知事が今年、自衛隊員の前で演説して、そういう国内軍事行動の必要性が高い(「第三国人」の暴動を鎮圧するため)と言った。つまり、彼は知事として自衛隊の国内での軍事行動を期待しているようだ。
 5、自衛隊は実際そのための訓練や演習を行なっている。

 こういう仮説的状況はほかにいくらでもあるが、これで終わりにしよう。肝心なのは、「もし〇〇したらどうする?」論法をとるとしたら、自分の立場に都合のいい質問だけではなくあらゆる角度からの質問について冷静に考えてみなければならない、ということだ。歴史、特に二〇世紀の歴史、をじっくり見てみれば、強い軍隊を持った政府の国民はそれで実際どうなったかが分かるはずで、国民は必ずしも安全が保障されて幸せになったとは限らない。それはこれからもそうだろう。