はじめに

 裂織は、木綿の普及と深いかかわりをもっています。
 こんにちのように木綿やウール、絹、化学繊維など、ふんだんな衣料素材はなかった時代。一部の特権階級や裕福な層をのぞいて、着るものといえば、一年中、麻で織った衣類だった人々の暮らしに、木綿が行きわたりはじめます。江戸初期のことでした。
 木綿は麻にくらべて格段にやわらかく、あたたかく、いろいろな色によく染まりました。人々は木綿をいとおしみ、着古してもそのまま捨ててしまうのではなく、裂いてふたたび織るという方法を編み出しました。
 しかし、木綿の材料となるワタは、温暖な土地でしか栽培できません。ワタを自給自足できない寒冷な土地の人々は、木綿の古着を買い求め、つぎを当てながらボロボロになるまで着古し、着古したものは、こんどは裂いて織りました。布を糸がわりに織り込んでいくのですから、厚手で丈夫な織物となります。激しい労働の仕事着として、夜具として、また暖房が囲炉裏からコタツへと移り変わる時代になると、コタツ掛けとなりました。こうして裂織は土地によっては、つい最近まで人々の暮らしに息づいてきました。
 裂織のおもしろさのひとつに、織るにつれてどんな模様があらわれるか、予測がつかないことがあります。縦縞から小紋のような柄があらわれたり、派手な大柄の模様から、絣を思わせる模様が織りだされることもあります。しかし、裂織はしょせんは、傷んだ衣類を繕ったり、つぎ当てする延長で作られた木綿の再利用の織物です。高度な織りの技法が必要とされるわけでもありません。衣類素材の乏しい生活から生まれた、このリサイクルの織物は、時代の波にのみこまれるようにすたれていきました。
 (中略)
 使い古しの布を織った1枚の反物は、さまざまな色が微妙にまじりあって、軽やかな横縞模様となっています。反物ですから、ベストにでもクッションカバーにでも仕立てられます。古布を裂いて織り、もう一度、着るものや生活用具を作っている人がいるとはおどろきでした。
 もっと知りたいと探すうちに、裂織の伝承活動をやっている土地やグループがたくさんあることを知りました。
 こんにちの私たちの日常では、布を織る、服を作るなどの手仕事は、すっかり遠のいています。そして着るもの、夜具、カーテンなど生活をいとなむうえで欠かせない布類は、既製品を買うことがあたりまえとなっています。裂織が暮らしの必然ではなくなったいま、裂織とともに暮らす人は、どんな思いで古布と向き合っているのだろう。どんな気持ちで手織りのいとなみに寄り添い、古布を再生する作業にうちこんでいるのだろう。
 そんな疑問につき動かされるように、裂織を探す旅がはじまりました。
 その旅はまた、木綿が普及する以前、人々は何を着ていたかを知り、ほんのわずかのぼろ布さえ大切に使ってきた、祖父母や曾祖父母の時代の暮らしに出会う旅ともなりました。