読者の皆さんへ著者からのメッセージ

 世紀の名探偵シャーロックホームズを生んだコナン・ドイル。
 富と名声を手にしたドイルに隠されたスキャンダルがあったことをご存知だろうか。
 父親のアルコール症、母親の不倫、妻との不仲……。高まるホームズ人気の陰で、実際のドイルは、苛立ち、苦悶していた。
 本書では、「ドイルが書いた『ホームズ物語』は推理小説の形を取ってはいるものの、実はドイル家の醜聞とそれに対するドイルの心情告白録であった」ということを解き明かしていきたい。
 その証明については本文をお読み頂きたいが、ここではドイルの各作品がそれぞれ主題を持っていて、それらが全体として交響楽を奏でていることを補足しておこう。
 短編第一作《ボヘミアの醜聞》は、「母親にまつわるドイル家の醜聞」と読み替えなければならない作品だ。母親と不倫相手であるウォーラーの醜聞が流出して、ドイルはそれをもみ消そうとして困っている。母の醜聞が、ドイルの結婚の妨げになったのかもしれない。現実にはともかく、少なくとも、ドイルの心の中では母の浮気が大きなひけめになって、悩まされていたに相違ないのである。
 短編第二作《花婿失踪事件》の焦点は、主人公の告白にある。「実の 父が亡くなりましたのち、母が、十五歳近くも年下の男の方と早すぎる再婚をいたしました時には、あまりいい気持ちはいたしませんでした」というその告白は、「父の入院後間もないというのに、母が十五歳も年下のウォーラーと浮気をして、私は良い気持ちはしませんでした」というドイルの告白に他ならない。その他、《オレンジの種五つ》、《まだらの紐》、《技師の親指》、《花嫁失踪事件》など、隠されたドイルの願望がちらりとのぞく作品の数々を丹念に読み解いていく作業は、非常に興味深いものであった。
 このような過程を経て振り返ると『シャーロック・ホームズの冒険』はことごとくドイル家の醜聞にまつわる話か、ドイルの心情告白かが、通底音として流れていることが明らかになるだろう。長くなるからあとは本書を読んでいただきたいが、その後に書かれた作品についても、同じことが言える。「母の醜聞」がドイルにはトラウマとなって、作品に影を落としているのである。
 また、本書の書名『シャーロック・ホームズの醜聞』はむろん《ボヘミアの醜聞》をもじった表題であるが、「ホームズにまつわる醜聞」ではなくて、「ホームズ物語に表れているドイル家の醜聞」というほどの意味にとっていただければ幸いである。