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幸せな結末 …and happy ending イヤイヤながら、ひとつ屋根の下で一晩を明かさなくてはならないことになった二人。『或る夜の出来事』(34)のクローデット・コルベールとクラーク・ゲーブルはベッドの中心にシーツを吊し、そこを決して崩れることのない「ジェリコの壁」と名づけます。物語はそのシーツの壁が落ちるシーンで終わります。キスでもなく。抱擁でもなく。「愛している」という野暮な言葉でもなく。それがラブ・コメディの幸せな結末です。 『青髭八人目の妻』(38)で、夫のゲイリー・クーパーに非道の限りを尽くして慰謝料つきの離婚に同意させたあげく、精神病院送りにまでしたクローデット・コルベールは涼しい顔で愛を告白します。没落貴族の彼女は、財産で彼と対等になるのを待っていたのです。 『レディ・イヴ』(41)のバーバラ・スタンウィックも、ヘンリー・フォンダを神経衰弱ギリギリまで追いつめて、陥落させる可愛い悪女。船旅の途中で恋に落ちた二人は、スタンウィックの詐欺師の経歴が障害になって別れることに。彼女を忘れられないフォンダは、スタンウィックと瓜二つの良家の子女と結婚します。ところが、彼女がとんだ悪妻。新婚旅行途中で逃げ出し、再び船に乗り込んだフォンダを優しく出迎えたのは、詐欺師の方のスタンウィック。「でも僕は結婚しているんだ」と戸惑うフォンダに、スタンウィックは涼しく一言、「偶然ね、私もよ」。何せ、フォンダが結婚した「良家の子女」は彼女の一人二役なんですから! 『求婚専科』(64)のラスト・シーンでナタリー・ウッドが使った手はもっと単純。自分の暴露記事を書くために嘘をついて近づいてきた雑誌記者、トニー・カーチスに恋をしてしまった彼女。もつれにもつれた恋の糸を解くために、彼女がしたことはひとつ、「女の武器」の涙を一滴頬に落とすこと。 そんなの男女平等を説くフェミニストらしくない? いやいや、『アダム氏とマダム』(49)では、仕事でライバルになってしまったスペンサー・トレーシーがキャサリン・ヘプバーンと和解するために「男の武器」として涙を流してみせるんだから、この方法は男女にかかわらず有効なのです。 うそ泣きではない涙が幸せを呼ぶのは、『媚薬』(59)のラスト。「魔女は泣かない、恋に落ちない」はずなのに、魔法で恋を仕掛けたはずのジェイムス・スチュワートを本気で愛してしまったキム・ノヴァクの目に光る涙。それを見てスチュワートは、彼女の気持ちがもうまやかしでないことに気がつきます。 ぎりぎりまで意地をはるオードリー・ヘプバーンを、走る汽車の上に抱き上げてキスして黙らせたのは『昼下がりの情事』(57)のゲイリー・クーパー。『スミス夫妻』(41)のロバート・モンゴメリーは更に大人で、履いているスキーが床に刺さって動けないフリをするキャロル・ロンバートに、事情を知っていて「無理矢理」キスをする。 そんなロマンティックなムードに酔うことを最後まで許さない、サプライズ・エンディングもあります。 『メリーに首ったけ』(98)は、あまりに魅力的なキャメロン・ディアス扮するメリーに夢中になったあげく、男たちがとんでもないことをしでかすコメディ。ベン・スティラーとキャメロン・ディアスが結ばれた後も、メリーのモテ過ぎの災難は続くらしく、今まで親切だったおじいさんがショットガンを取りだしてスティラーを狙う始末。しかも最後に意外な人が凶弾に倒れて……! 『百万長者と結婚する方法』(53)では、貧しい男と結ばれて開き直ったゴールド・ディガー三人娘が、実はお金持ちのキャメロン・ミッチェルがダイナーで出した札束を見て気絶。 実はそんな風にお金に対してウブだった三人娘に対して、『紳士は金髪がお好き』(53)でマリリン・モンローが演じるローレライはもっとドライ。 「お金目当てで結婚することは何も悪くない」という理論でうるさい財産家の父親を看破して、彼の息子であるおぼっちゃまとめでたく結ばれてしまう! ハワード・ホークスの意地悪は、まったくもって意地悪。 そのハワード・ホークスの『赤ちゃん教育』(38)では、ケイリー・グラントが奔放なキャサリン・ヘプバーンを受け入れた瞬間、彼が今まで築いてきた人生がガラガラと崩れ落ちるかのように恐竜の標本が崩れ去ります。 『赤ちゃん教育』のリメイクである『おかしなおかしな大追跡』(72)では、スクエアな学者のライアン・オニールを飛行機の中で追いつめたバーバラ・ストライサンドが一言、「愛とは決して後悔しないことよ」。これはもちろん、ライアン・オニールの代表作『ある愛の詩』(70)の台詞。ちなみにこの映画の原題、『What's up Doc?』はルーニー・チューンズのバックス・バーニーの決め台詞で、映画は飛行機の中で上映されるルーニー・チューンズのアニメのエンド・タイトルが映し出されたところでお終いになります。
*ご愛読ありがとうございました。本連載に書き下ろしを加え、単行本として晶文社より刊行いたします。 |