出逢いはキュートに Meet cute

「映画の冒頭なんて、馬鹿馬鹿しいほどシンプルなもんだよ。男と女が出会えばいいのさ。忘れてはいけないのは、映画においてはキュートな出逢いが大事だってことだ」
『七年目の浮気』(55)や『ティファニーで朝食を』(61)の映画脚本で知られるジョージ・アクセルロッドの手がけた戯曲に、『成功はロック・ハンターをダメにするか?』という面白い作品があります。
 巨大なバストと釣り合わないIQで有名な女優、ジェーン・マンスフィールドのブロードウェイにおける代表作であり、彼女が演じたリタ・マーロウという女優のキャラクターを使って、後に同名の映画作品も作られました。フランク・タシュリンの映画版の方はリタ・マーロウの広報用の「恋人」になったトニー・ランドールの悲喜劇でしたが、舞台版の方はファウストの悪魔みたいなエージェントに取り憑かれたしがないライターの話です。
 エージェントは「10パーセントの取り分」を条件に、次々と願いを叶えていきます。気がつくと彼は憧れのリタ・マーロウの恋人となり、彼女の事務所の最高責任者となり、アカデミーの脚本賞を手にしているといった具合です。
 実はインタビュー記事を一本しか書いたことのないライターに、映画脚本のレクチャーをするエージェントが教えるのが「キュートな出逢い」の法則。
 例えば、百貨店にパジャマを買いに来る男がいる。彼はパジャマの上着だけで寝るので、上着だけを売ってくれるように頼む。店に拒否されて困っていたところに、通りかかった女性が助け船を出す。彼女はパジャマのズボンだけが欲しいと言う……。
 これはもちろん、エルンスト・ルビッチ監督の『青髭八人目の妻』(38)の有名な導入部です。チャールズ・ブラケットと共に脚本を手がけたビリー・ワイルダーのアイデアで、ルビッチ監督は大層お気に召したそう。何故彼女はパジャマのズボンだけが必要なのか? という疑問と、夜具のセクシーなイメージ。恋の予感を感じさせる出逢いにぴったり。
 この「パジャマの上下」の持つセクシーな含みは後に、ドリス・デイ主演の『パジャマゲーム』(57)のラストに引用されるのですが、結末にいたるまではまだ長い道のりがあります。とりあえず、「キュートな出逢い」のバリエーションから始めましょう。
 『青髭八人目の妻』の二人がパジャマの上下で出逢うのは南仏。バカンス先で出逢って、生まれる恋は数知れずです。映画にゴージャスなイメージが求められた30年代から40年代にかけては、高級ホテル、豪華客船、大陸横断列車などがよくボーイ・ミーツ・ガールの舞台になりました。
 『トップ・ハット』(35)でフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが出逢うのは、ロンドンのホテル・リッツ。アステアのタップ・シューズがうるさくて、眠れないロジャースが一階上の彼の部屋に苦情を言いに来る。アステア&ロジャース物で、ロジャースはいつも最初は、アステアに怒ってばかりいます。
 ゴールド・ディガーのローレライ(マリリン・モンロー)の素行を調べるため、ニューヨークからパリに行く豪華客船に乗り込んだ探偵が、ローレライの相方のドロシィ(ジェーン・ラッセル)に恋をするのは20年代が舞台の『紳士は金髪がお好き』(53)。
 『レディ・イヴ』(41)のバーバラ・スタンウィックは豪華客船専門の詐欺師。ビール会社の御曹司ヘンリー・フォンダをひっかけるために、自分のハイヒールが彼にひっかかったフリをする。古典的な手だけれども、彼女に靴を履かせて上げたウブなフォンダはスタンウィックの美しさにポーっとなってしまう。
 フリではなくて、本当にコケたところを見初められる女性もいます。
 『ミンクの手ざわり』(62)でニューヨークで職を探しているドリス・デイは面接に行く道すがら、車にハネを飛ばされて一張羅を台無しにされます。けれど、その車の持ち主が素敵なケイリー・グラントなんだから、彼女は怒ってなんかいられないのです。
 「僕のパートナーならば、どんな冴えない女の子もプロム・クィーンになれる」と豪語する『シーズ・オール・ザット』(99)の学園プリンスのフレディ・プリンゼ・ジュニアが相手に選んだのは、ちょうどその時コケて画材を校庭にバラまいてしまったレイチェル・リー・クック。少女マンガにはありがちのシチュエーションです。

 出逢いの場が豪華客船からハイスクールに飛んでしまいました。バカンス先に話を戻すと、50年代から60年代にかけてパリやローマを舞台にしたロマンス映画が多く作られたのは、第二次世界大戦直後、駐屯したアメリカ兵士がいい思い出を作った場所だからだとか。
 今でもフランスはよくラブコメ映画の舞台になります。飛行機恐怖症のせいで、恋の達人のフランス女性にフィアンセを奪われたのは『フレンチ・キス』(95)のメグ・ライアン。一念発起して恋人を奪い返すために乗った飛行機で、隣に座ったのがケヴィン・クラインだったのが幸いでした。失礼な彼に腹を立てているうちに無事フライトは終了。この時、クラインがライアンのバッグにひそませたダイヤモンドのネックレスが二人をもう一度結びつけることとなり、パリの恋が始まります。
 メグ・ライアンもジンジャー・ロジャースと同じく、旅で会った相手に怒ってばかりいます。彼女を「90年代のラブコメ・クィーン」に押し上げた傑作、『恋人たちの予感』(89)でシカゴからニューヨークまでの車に同乗したビリー・クリスタルは、うっかり彼女を「魅力的だ」と言ったために嫌われる羽目に。

 メグ・ライアンの前に一瞬ラブコメ女王だったのは、シェリー・ロング。彼女の代表作のように、およそロマンティックじゃないシチュエーションで始まる恋もあります。『ラブINニューヨーク』(82)のヘンリー・ウィンクラーは死体置き場の係員。自分のヒモの死体を確認に来たのは可愛い娼婦のシェリー・ロング。二人はアパートの隣人であることが後に分かります。
 酔いつぶれるほど飲んで、朝起きてみたら隣に見知らぬ異性が……なんていうのもよくあるパターン。これがラスベガスだと酔った勢いで結婚していたりするから恐い。今年公開の『Laws of Attraction』(04)のピアーズ・ブロスナンとジュリアン・ムーアがこのパターン。おまけに二人は離婚専門の弁護士同士ときています。
 『バラ色の肌着』(57)のグレゴリー・ペックはニューヨークのスポーツ記者。旅先でくじに当たってバカ騒ぎをした後の記憶がありません。大事な電文を彼の代わりに本社に送ってくれた女性に素面で会ってみたら、美しいローレン・バコールがそこに。「恋をするとお腹が空く」彼女も、ペックを見て猛然と食欲がわいてくるのです。
 ちなみにワイルダーを引用したジョージ・アクセルロッドが書いた、最高のキュートな出逢いのシーンは『女房の殺し方教えます』(64)のもの。独身主義者のマンガ家、ジャック・レモンが友達の独身さよならパーティ改め、婚約破棄パーティで出逢ってイカれたのはイタリア美女のビルナ・リージ。彼女はなんと、パーティのアトラクションで巨大なケーキから飛び出してくるのでした。