ライター仲宇佐のメランコリックな日常
2002年9月のダイアリー

仲宇佐ゆり

 フリーターという言葉もすっかり定着して、東大卒業してもフリーターになる人も少なからずいるという昨今、「プー」の別名とも言われたフリーライターという職業も、ものめずらしいものではなくなりました。でもこのフリーライターという職種、その実態はどんなものなのか謎な気がしませんか? いろんな人に会いに行けて楽しいんだろうかとか、ギャラはいいんだろうかとか、やっぱり寝ないで働いているんだろうかとか、普段なに食べているんだろうかとか、自分にもできそうな気がするんだけどとか……。そんな興味にお答こたえすべく、いま売り出し中のライター仲宇佐が、そのメランコリックな日々を日記で公開。はたしてその内実やいかに。

9月×日
 ワコールの本社は街中にあるのかと思ったら、京都駅のひとつ先のJR西大路駅近くの線路沿いにポツンと建っていた。白くてガラスばりのきれいなビルなのだが、ひときわ目をひくのは敷地の角にある神社である。祠などというものではなく、結構しっかりした大きさの神社で、モダンなビルとまったく不釣合いなのが衝撃的だった。近づいてみると、和江大龍神が祭ってあり、社神とされているらしい。会社の神様というのはいるのだろうか。そもそもワコールの名は「和江」からきているのだった。いよいよビルに入ると、百四十枚余りの色とりどりのブラジャーが玄関ホールの壁を埋めていた。その裏手の会議室で、この夏ヒットした「TシャツブラNAMINAMI」について、部長にお話をうかがう。女性の下着のシェアは、ワコール、トリンプの順で、すこし離れてグンゼなどが続いている。きょうはライターの私は東京から日帰り。カメラは大阪から来た方だった。

9月×日
 ブラジャーの原稿を書く。会社案内を眺めていてギョッとしたのは、取締役・監査役および執行役員を紹介するページ。閣僚の集合写真のように31人の顔写真がのっているのだが、それが一人残らず男性なのである。ブラジャーつくってるのに。なんだか寂しい気持ちになった。

9月×日
 オランダの街並みをそっくり再現した長崎のハウステンボスに2泊3日で行くことになった。メンバーはイラストレーターの平野恵理子さん、編集者のAさん、写真のKさん、PR会社のBさんの5人。「婦人公論」とハウステンボスのタイアップ企画のお仕事である。平野さんはイラストのほかに、心なごむエッセイをたくさん書いている。山登り、着物、お茶などいろいろなことにくわしくて、私は前に園芸の取材をさせていただいたことがあった。さて、ハウステンボスに到着すると、さっそく中華料理店で先方との昼食会となった。円卓をぐるぐる回す。中華の円卓というのは、みんな平等のようでじつは違う。一番エライ人の前にまず料理を回し、右にひとつ、左にふたつ、みたいに序列順に回していって、ようやく自分の前にお皿がやってくる。一番の人は居心地悪いだろうなと思いつつも、静かに箸を進める。おいしい。宿泊は場内のホテルで最高ランクの「ホテルヨーロッパ」だった。部屋は落ち着いた雰囲気で広さも十分。窓から運河と舟が眺められる。一部屋一泊3万6千円。このホテルが目的でハウステンボスに来るリピーターがいるというのもうなずける。荷物を置いて平野さんのお部屋にお邪魔すると、テーブルにお茶が用意されていた。上品な小ぶりの湯のみと急須、銅製の茶筒、懐紙の上には青山の菊家の干菓子がきれいに並べられている。平野さんは、なんと持参した茶器とお菓子で私たちをもてなしてくださったのだった。旅の疲れは吹き飛び、途端に優雅なティータイム。旅を楽しむとはこういうことなのか。旅の荷物は少なくをモットーに、Tシャツ一枚の重さもけちる私とは大違いである。

9月×日
 快晴。朝一番は、運河に面したテラスで平野さんの朝食風景の撮影。バックに白鳥が入るようにえさでおびきよせるのが私の仕事である。朝食はモーニングシャンパンでスタートする。朝のアルコールはテンションを一気に上げてくれてありがたい。このホテルはサービスも行き届いていた。撮影に対応してくれたピシッと隙のないホテルマンが、「料理出してもらっていいけん」と、地元の言葉で調理場に指示しているのを聞いてほっとする。午後は舟に乗って場内の運河を一巡り。夜はカクテルを飲みながら、平野さんがマダガスカルにバオバブの樹を見にいったときのお話をうかがう。こんな楽しい取材旅行はこれから先あるだろうか。

9月×日
 銀座のおでんやさんで、ロンドンに旅立つジャーナリストの送別会。おでんといっても銀座だから油断はできない。ちょっと食べて飲んだつもりが7,000円ということもあった。きょうの店は種が250円と400円にきっちりと分れていた。私たちは250円のものをとにかく全部頼もうとしたのだが、女将はそんなことは許さない。「こちらで見繕って大鍋でお出しします」という。女将との攻防はそのあとも続き、結局一人7,000円を上回った。それはともかく、主役は静かにやる気を起こさせてくれる貴重な方だったので、遠くにいかれてしまって残念。

9月×日
 「婦人公論」10月22日発売号の取材で、国立競技場のウォーキング教室に参加する。ストレッチをして脈拍を測ってから神宮外苑を一周した。参加者の中には、歩き始めてからジョギングもするようになり、半年でハーフマラソンに出場したという女性がいた。国立競技場には夜間の長距離走の教室もあり、熱心な男性を中心に八十人くらいが通っているそうだ。

9月×日
 青山一丁目のユニバーサルミュージックで、バイオリニストの諏訪内晶子さんにお話をうかがう。9月27日にアップするMSNのインタビューページの取材。諏訪内さんは黄緑色のノースリーブのニットにパンツ。スレンダーな人だった。ソファのわきには1714年製のストラディバリウス「ドルフィン」が置いてある。幸い、今年2月のNHK交響楽団との演奏会を聴きに行っていたので、その話から入り、新しいアルバムについて話していただく。アルバムでは、シベリウスとウォルトンのバイオリン協奏曲を、指揮のサカリ・オラモ氏、バーミンガム市交響楽団と共演している。ウォルトンの協奏曲は、かつてドルフィンを使っていたバイオリニスト、ハイフェッツのために書かれた曲。今、ドルフィンを使っている諏訪内さんとしては、ぜひ弾きたかったそうだ。CD録音とコンサートホールでの演奏との違いも語ってもらった。ニューヨークからパリに住まいを移して3年。フランスは芸術家を大切にする国だし、パリでは個人的な生活が大切にされるので気に入っているという。「私たちは、住んでいる街や、会う人から得るものが非常に重要なんです。20代前半のころにニューヨークを選んだのは、そのときの自分にとって必要な環境だったから。今は、これまでに得たものをより深く掘り下げていくために、パリの環境が必要なんです」。

9月×日
 特殊音楽家のとうじ魔とうじさんから、ホームページ開設のお知らせをいただいた。とうじ魔さんが参加しているユニット「文殊の知恵熱」の活動記録、今後の予定なども見られる。今までなかったのが不思議。インド公演ももうすぐである。夜、渋谷まで散歩。宮沢章夫『よくわからないねじ』、幸田文『包む』、宇田川悟『フランス料理は進化する』を買う。

9月×日
 村上春樹ファンだけどお金のない友人の誕生日に『海辺のカフカ』を贈る。読み終わったら貸してくれることになった。これではプレゼントなのか何なのか。

9月×日
 このところ座りっぱなしの毎日なので、明治神宮の森を歩こうと、朝7時半に家を出る。人気のない森を抜け、ちりひとつなく掃き清められた賽銭箱の前で手を合わせた。しかしふと思った。明治天皇が私の家族の健康上の問題を解決してくれるのだろうか。菅原道真に合格祈願をするのは何となくわかるんだが。参宮橋の門を出て、東京乗馬倶楽部で馬を眺める。おしりの毛がキラキラ光っている。馬はいい。帰宅すると、家を出てから2時間がたっていた。

9月×日
 締め切りをずっと抱えているせいか、しばらく遠のいていた悪夢をまた見るようになった。何者かに追われて逃げているとか、研修の課題ができなくて困っているとか、いろんな災難が降りかかる。

9月×日
 燃えるゴミを出し、そのまま下北沢まで2キロほど歩く。カフェでひと息入れて銀行があくのを待ち、またシャカシャカ歩いて帰ってきた。家にこもってパソコンに向っているので、一日一度は散歩しよう。

9月×日
 イッセイミヤケのテキスタイルデザイナー皆川魔鬼子さんが手掛けるブランド「HaaT」の展示会へ。来年1月〜3月発売の商品が並び、百貨店の人、ショップの販売員、ジャーナリストなどが、服を見たり、商談したりしている。ステッチが多用されたジャケット、ビーズが縫いつけられたマフラーなど、手仕事を全面に出した服。とくにインドで作られたものにひかれた。インドの人たちの技術を、現代風の洗練された形に仕立てているところがうまいと思う。そのあと「アエラ」の取材でお能の金春流の高橋忍さん宅へ。高橋さんをはじめ金春流の若手4人は、「座・SQUARE」というグループを作って、能の魅力を広く知ってもらおうとしている。10月29日に国立能楽堂で豊公能「この花」を上演するというので、お話を聞かせてもらった。豊公能というのは、豊臣秀吉が自分の戦功や風流さを示すために作らせたお能のこと。「この花」は、一昨年、金春流の家元の家で見つかった幻の能だという。高橋さんのお宅には板張りの稽古場があり、近所の子供がお稽古にきていた。温厚そうな高橋さんはお父さんも能役者。小さいころから子役で舞台に上がっていたが、職業にするつもりはなかった。高校生のとき、学校の先生にすすめられて父親と同じ道に進んだという。「この花」では梅の花の精をつとめる。どんな舞台になるのか楽しみ。

9月×日
 書店でみつからなかった本を、初めてネットで注文した。送料を含めて手数料200円のクロネコヤマトのブックサービスに頼んだら、4日後のきょう、渡辺孝『ミツバチの文化史』(筑摩書房)とカール・フォン・フリッシュ『ミツバチを追って』(法政大学出版局)が届いた。注目して2日後にメールがきて、「一冊は78年の本なので状態がよくないけど、どうしますか」ときかれた。「きいてくれるなんて親切だね」と友人にいうと、「苦情対策だよ」とのこと。早く読みたいけれど当分おあずけである。

9月×日
 港区麻布台のラジオ日本で、「宮本武蔵」を朗読中の徳川夢声の写真をお借りする。朝日新聞の「ラジオアングル」のため。広尾の都立中央図書館で新聞を検索したら、夢声が昭和37年に「宮本武蔵」について書いた記事を見つけた。同じ面には、有吉佐和子が自作「紀ノ川」について書いたコラム、川端康成の連載小説「古都」がのっている。広告もすごくて、「週刊平凡」は「ニューヨークの夜を楽しもう! 新春特別放談 石原裕次郎×長嶋茂雄」。長嶋茂雄とNYの夜はうまく結びつかない。「週刊明星」は「勝新太郎、中村玉緒、晴れて挙式」。青山一丁目に出て、草月会館で沖縄の布の展覧会「清ら布展」を見る。俳優の藤木勇人さんと与那国島の織物組合理事長の三蔵順子さん、宮古島の方のトークショーがあった。三蔵さんにあいさつする。急いで帰宅し、小沢昭一さんの事務所に取材のお願いをした。

9月×日
 今週は忙しくなりそうなので、食材を買いこみ、きんぴらごぼう、じゃがいもと鶏の含め煮、厚揚げと干瓢の煮物をつくる。鍋をかき回していると、しゃぼん玉座の方から小沢昭一さんの取材承諾のお電話があり、ほっとする。新潮文庫のキャンペーンでもらえるパンダの置き時計がほしくなり、深夜、本棚の前に座りこんでカバーの三角マークをちまちまと切り取る。34枚あった。時計まであと16枚だ。締め切りは1年後。1年にあと16冊も新潮文庫を買うだろうか。

9月×日
 終日原稿を書く。なぜこんなにゆっくりとしか進まないのか。気がつくと窓の外が暗くなっている。渋谷まで歩く。来月予定している取材に備えて、谷川正己『フランク・ロイド・ライト』を購入。ライトは帝国ホテルや自由学園を設計したことで知られているけれど、不倫あり逃避行あり火事ありと、なかなか激しい人生だったようだ。取材ではライト好きのデザイナーに話をきくことになっている。