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5月×日
キムタクとさんまのドラマも見ているけれど、今一番おもしろいのは、月〜金曜午後1時半からフジテレビでやっている「真珠夫人」だ。時代は昭和30年代。愛し合う二人の間に、家庭の事情など、ありとあらゆる障害が起こってなかなか結ばれない。今どきめずらしい劇画調のメロドラマである。主人公の瑠璃子を演じるのは横山めぐみ。キムタクも米倉涼子もいないけれど、ドラマチックな筋書きに引っぱられて、いそいそとテレビの前に座ってしまう。原作は菊地寛が大正時代に発表した新聞小説だ。菊地寛てむずかしい人かと思っていたら、こういう小説を書く人だったのか。原作を読みたいけれど、手に入るのだろうか。
5月×日
奈良で仕事の打ち合わせをした後、ゴールデンウイークで混雑する京都駅で友人と待ち合わせ。山陰本線に1時間半ほど揺られて、ピアニストのザイラー夫妻のお宅へ。毎年恒例になっている田植えに参加させてもらう。今年は全国から120人も集まって、NHKの取材もきていた。友人と私は長靴係。納屋の前に紺色の長靴をずらりと並べて、ひとりひとりサイズの合うものを貸し出した。田んぼの泥につかって苗を植えていると、「どうですか?」とテレビの人たちにマイクを向けられた。参加者の声を集めているらしい。素直に答えればいいのに、使えるコメントをしなくてはと妙に力んでしまう。でも、気のきいた言葉なんてそう簡単に出てこない。結局、まとまりのないことをポソポソしゃべって終ってしまった。書いてもしゃべってもダメな自分に落ち込む。
5月×日
朝ごはんは、とびきりおいしいベーコンと目玉焼き、焼きソーセージ、トースト、コーヒー。緑に囲まれた古い農家の台所で、時間がゆっくり過ぎていく。京都市内に戻ると、一転して車の渋滞と人ごみに巻き込まれた。三月書房に寄りたかったけれど、あきらめて東京に帰る。
5月×日
窓の外のビワの実が黄色くなってきた。きもの好きの友人を誘って、銀座の松屋で八重山上布の展示会を見る。石垣市織物事業協同組合の新城さんが、ひとりで店番をしていた。久しぶりにあいさつする。新橋の「天狗」でビールを飲んで帰宅。「週刊東洋経済」に月1回書いている「マーケティングの達人に会いたい!」のネタを考える。どんなヒット商品を取り上げるか、こちらから4つくらい提案して、編集者にお伺いを立てる。お店で見たもの、テレビや雑誌で見たものも参考にするけれど、有力なのは友人からの情報。先月は松下電工のマイナスイオンドライヤー、今月はCMをやっている冷凍野菜「e.v.」を提案した。
5月×日
銀座のヤマハホールで編集者と日中合作映画「王様の漢方」の試写を見る。監督はアーティストの牛波(ニュウ・ポ)。上映前に監督とプロデューサーの江戸木純さんのあいさつがあった。主役の老漢方医を演じる朱旭(チュウ・シュイ)さんは、NHKドラマ「大地の子」で養父役を演じた中国の俳優だ。何年か前、「變臉(へんめん)/この櫂に手をそえて」という映画が公開されるとき取材したが、ものごしの柔らかいすてきなおじいさんだった。今回の映画も彼の演技が見所。
5月×日
映画の原稿を送り、急いで家を出る。荻窪で琉球舞踊のお稽古。沖縄の古典を読むオモロ研究会に琉球舞踊の先生が参加していて、生徒を募集していたので入れてもらった。沖縄人じゃないのにいいのかな、とも思ったけれど、サルサだってフラダンスだって同じことだもの。「かぎやで風」というお祝いのときに踊る曲からスタート。お弟子さんのお手本を見ただけで、ああ絶対無理、と帰りたくなった。基本の構えのポーズからしてもうできない。右肩が上がったり、顔が傾いたり。ひと月分のお月謝は払ったけれど、いつまで続くことやら。
5月×日
冷凍野菜「e.v.」の取材をすることになり、大塚食品に電話とファックスでアポ入れ。そのほか事務連絡と電話取材をして、気がつくと午後3時をすぎていた。朝からコーヒーしか飲んでいない。ごはんを炊いて肉じゃがを作る。しらたきを入れすぎて、お鍋からあふれてしまった。これから3日間は肉じゃが三昧だ。食後にデザイナーの友人と電話していたら、キャッチホンでファクシミリが入った。一度切ってかけ直すと、「ライターなんだから2回線にしなよ」といわれる。たしかに我がオフィスの設備は最小限だ。4年前に28万円で買ったノートパソコンと電話兼ファクシミリ、食卓も兼ねた小さなテーブルと椅子。辞典類は冷蔵庫の上に積んでいる。電話は床においてあり、子機が壊れているので、冷蔵庫の前にペタリと座らないとかけられない。もっと設備投資するべきか、と考えながら、雨の中を中目黒の東急ストアまで冷凍野菜を買いにいく。「きつね屋」でかき揚げうどん700円を食べて帰る。
5月×日
きょうも雨。燃えるゴミを持って階段を降りていくと大家さんに会った。うちの1階は大家さんが経営するパン工場なので、ゴミ袋には古くなったパンがゴロゴロ入っている。「カラスが狙ってるからね」といって丁寧にネットをかけていた。きのう買ってきた冷凍の小松菜を入れてサッポロ一番を作る。バスに乗って東中野の写大ギャラリーに鈴鹿芳康さんの写真展を見にいき、「アエラ」に短い原稿を書いた。
5月×日
日曜の夜、家でごろごろしていると、たまプラーザのモンスーンカフェで飲んでいる友人に呼び出された。ベロベロに酔っ払っている。しょうがないなあと思いつつ、こっちも丸1日だれにも会っていない寂しさもあって、池尻大橋から田園都市線に乗った。テーブルを囲む4人のうち、1人は不動産業年収2000万円なのだけれど、私を含むあとの3人はいつも金欠状態だ。「おれたちって、どうしていつもビンボーなんだろう」と話していたら、不動産業がみんなの勘定を払ってくれた。
5月×日
高校の同級生と六本木で昼食。彼女はミュージシャンのマネージメント会社を経営しているが、なかなか厳しいらしく、ストレスで白髪が増えたと嘆いていた。それに比べれば私なんて呑気なもの。マネージメント界のやり手の話をきき、私たちもがんばろうと息巻いて解散する。夜は新宿の紀伊国屋サザンシアターで鴻上尚史さんの芝居、サードステージ「幽霊はここにいる」を見る。俳優の小林薫や映画監督の崔洋一さんがきていた。「サイゾー」の3周年記念パーティーは残念ながら欠席。
5月×日
宇宙はいったい何歳なのか、という壮大な質問をたずさえて三鷹市の国立天文台へ。MSN(マイクロソフトネットワーク)の「ニュースセレクト」というページの取材。うっそうと茂る木々に囲まれた正門をぬけて、国立天文台助手の辻本拓司さん(38歳)の部屋をノックする。ドアはベニヤ板のようで、建物は気の毒なくらいボロっちい。ダムをつくるお金を少しこっちに回してあげればいいのに。辻本さんは天文学者なのに、星座は北斗七星とオリオン座しか知らないという。「そりゃまずくないですか?」ときくと、「そんな近くは見てないんですよ」とさわやかに笑うのだった。天文学者には観測屋と理論屋がいる。観測屋はハワイや野辺山の望遠鏡で観測をする人たち。辻本さんは理論屋で、1日中コンピューターに向かって計算したり、論文を読んでアイディアを育てたりしている。国立天文台には天文少年だった人が多いそうだ。辻本さんはちょっとちがって、東大の地球物理学科で地球の内部について勉強していた。ところが無性に宇宙のことを知りたくなって、大学院から天文学の道に進んだという。
5月×日
宇宙年齢の原稿をまとめる。宇宙は130億〜150億歳。星の明るさから推定するそうだ。あまりにスケールの大きな話で、笑い出したくなる。こんなに大きなことを日々考えていたら、細かいことには寛容になれそう。ところで、NASAのハッブル望遠鏡は、使いたい研究者がたくさんいてものすごく競争率が高いそうだ。プロポーザル(申込書)が採択されないと観測できない。夜はカザルスホールで尺八奏者中村明一さんのコンサート。客席は満員。生の尺八の音はお腹にまで響いた。東京堂書店の仮店舗をのぞいて帰る。
5月×日
銀座の中華料理店「天厨菜館」でお昼を食べながら座談会をした。30代の主婦3人に、自分の住む町の住みやすさについて語ってもらう。「週刊東洋経済」の「23区住みやすさ比べ」特集の仕事。学生時代の友人に頼むと、「このごろ銀座に出ることなんてめったにないの」といって快く集まってくれた。ちなみに児童福祉と高齢者福祉の充実度から編集部が出した順位によると、最も住みやすいのは中央区、つぎが千代田区。最下位は練馬区だった。
5月×日
パソコンに向って原稿を書いていると、与那国島のSさんから電話があった。与那国織を織っている女性たち11人で今から東京にくるという。大崎のホテルで夕食をとった後、どこかに出かけたいというので、夜8時にホテルに迎えにいった。Sさんは30代だけれど、一行の平均年齢は60歳くらい。80代の人もいる。朝早く島を出て、3本も飛行機を乗り継いできたというのに、みんな異様に元気だ。久しぶりに会った60歳のYさんは、手織りのきんちゃく袋をハイッと手渡してくれた。別の人のおみやげに持ってきたものらしいのに、いいのだろうか。いきなり添乗員を仰せつかった私は、お台場観覧車コース、表参道オープンカフェコースなどを考えていたが、ホテルを出たのは9時すぎで、もう間に合わない。「右のほうにいくと渋谷、左にほうにいくと銀座です。どっちにしましょうか?」とたずねると、「銀座!銀座!」と盛り上がっているので、タクシーで銀座へ。ブラブラ歩いて、帰りは地下鉄に乗った。与那国島はもちろん沖縄本島にも電車はない。ぎゅうぎゅう押し合いながらドアに吸い込まれていく地下鉄の乗客を見て、「テレビと一緒だねー」とうなずいている。心が洗われるような一夜だった。
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