ライター仲宇佐のメランコリックな日常
2002年3月のダイアリー

仲宇佐ゆり

 フリーターという言葉もすっかり定着して、東大卒業してもフリーターになる人も少なからずいるという昨今、「プー」の別名とも言われたフリーライターという職業も、ものめずらしいものではなくなりました。でもこのフリーライターという職種、その実態はどんなものなのか謎な気がしませんか? いろんな人に会いに行けて楽しいんだろうかとか、ギャラはいいんだろうかとか、やっぱり寝ないで働いているんだろうかとか、普段なに食べているんだろうかとか、自分にもできそうな気がするんだけどとか……。そんな興味にお答こたえすべく、いま売り出し中のライター仲宇佐が、そのメランコリックな日々を日記で公開。はたしてその内実やいかに。

3月×日
 田町の芝浦スタジオで、ザ・ブームの宮沢和史さんの取材。宮沢さんはヒットした「島唄」で知られているけれど、俳優としても人気がある。昨秋のテレビドラマ「恋を何年休んでますか」では小泉今日子の昔の恋人を演じていて、せりふは少ないのに妙に存在感のある人だなと思っていた。ミュージシャンがよく使う芝浦スタジオは倉庫の6階にある。入口にコーヒーや軽食のとれるカウンターがあって、そのまわりにいくつかのスタジオが並んでいる。案内されたのは、壁の片面が鏡になっている小さなフィッティングルームだった。入ってきた宮沢さんは思いのほかスリム。あの太い歌声はどこから出てくるんだろう。6月に「島唄」、「十九の春」など、大好きな沖縄に関係する曲を集めたアルバムを出すという。JALの機内誌の取材なので、レコーディングで沖縄にいったときのエピソードをきく。こちらが緊張してうわずっているのに、宮沢さんは大人。低い声で落ち着いた語り口だった。詞とメロディが同時にできると力のある曲になるという。宮沢さんは詩集も出している。ザ・ブームのコンサートツアーの合間に、各地で詩の朗読会をひらいている。『詞人から詩人へ』(河出書房新社)という本についている朗読のCDもよかった。きょうはこのスタジオで、宮沢さんのほか、奥田民生、矢野顕子、大貫妙子、鈴木慶一が参加するツアー「ビューティフルソングス」の練習があるというので、エレベーターや廊下で目をギョロつかせていたが、結局ひとりもみつからなかった。

3月×日
 毎年、梅の季節になると、熱海のMOA美術館で尾形光琳の「紅白梅図屏風」が公開される。光琳の代表作で、よく教科書にのっているあの屏風だ。一度現物を見てみたくて、ひとりででかけた。熱海駅からバスでつづら折を上がり、長い長いエスカレーターを上って、ようやく屏風の前にたどりつく。ぽったりした筆づかいがなまめかしく、写真でみるよりずっといい。はるばる来たかいがあった。名品展なので、ほかにも光琳が何点も出ている。ふつうは険しかったり寂しかったりする達磨図や寒山拾得図が、光琳の手にかかるとフッと力のぬけた柔らかい絵になる。2時間かけてじっくりみたらお腹いっぱいの気分になった。駅前であじの干物と温泉まんじゅうを買って帰る。車中はずっと武田百合子『富士日記』。おもしろい。

3月×日
 土曜深夜に放送されている日本テレビ「マネーの虎」が、4月からゴールデンタイムに進出することになった。ディレクターの栗原甚さんに会いにいく。「東洋経済ベンチャークラブ」最終号の取材。この番組は、挑戦者が自分のビジネスプランを年商数十億円の社長たちの前でプレゼンテーションし、投資する気になった社長が机の上の札束を渡すというもの。深夜に6%台という高視聴率を上げている。マリナーズのキャップをかぶって現われた栗原さんは33歳。無精ひげを生やし、大柄で一見ヌボーッとしているけれど中身は熱い。前回のワールドカップサッカーがどうしても見たくて、会社を1ヶ月半休んでフランスにいってしまったそうだ。それでもクビにならなかった。テレビの仕事はきつい。木曜の朝出社して、社中2泊、土曜の夜まで帰らないこともある。まだ新婚だというのに。でも、仕事が趣味なのでストレスはたまらない。社内には3回倒れたら現場をはずれるという暗黙の掟があり、それに引っかからないように気をつけているようだった。4月からはじまる日曜昼1時の「巨人中毒」も栗原さんの企画である。

3月×日
 友人Sと電話で会う日を決めていたら、「あ、その日は8時からひざ下の脱毛だ」といわれた。彼女はエステに通っていて、ビキニラインの脱毛を2年かけて終えたばかり。毛根を1本ずつ電気針で焼くので、歯をくいしばるほど痛いそうだ。3週間に1回で14万円かかった。お金を払って痛みに耐えるなんて、と私は思うけれど、Sの美への追及はやまず、今度はひざ下を申し込んだ。月1回で5、6年かかる。いくたびに10円玉大の不毛地帯が増えていく。

3月×日
 アスキー、シマンテックなどIT系の人、アダルトビデオ評論家など7、8人で荻窪の友人宅にお邪魔した。シマンテックの人が家を建てるというので、さっそくウイルス御殿と命名される。香港から取り寄せた「少林サッカー」という少林寺拳法とサッカーを組み合わせた珍妙な映画を見た。中国語だけどストーリーはほぼわかる。日本でも公開されるらしい。部屋の反対のすみではゲームキューブで「動物の森」をやっていた。友人の旦那さんは娘を寝かしつけてから、ときどきリビングにきてごちそうをつまんでいる。12時になってもだれも帰らない。みんな平気である。

3月×日
 曙親方のコラム「あけぼの流」の最後の取材。秋から続いていた朝日新聞日曜版の連載は3月で終わってしまう。日曜版の紙面がなくなるからだ。最後の日になって、親方に名前をきかれた。半年前から毎月のように会っているので、顔は覚えてもらっているけれど、やはり名前は知らなかったようだ。ややこしい名前だし。親方は春場所を前に大阪に滞在している。自宅のある東京とちがって、地方場所での暮らしは意外に質素だ。九州場所のときは建設会社のプレハブの宿舎だったし、今回は6畳のウイークリーマンションを借りている。200キロの巨体が6畳に寝そべったら、もうすき間はない。ユニットバスは使えないので、お風呂は近所の銭湯にいく。湯船につかって隣をみたら曙親方だったらどうだろう。大阪のおじいさんたちはもう慣れているらしい。そんな単身赴任中の親方になにか差し入れをしようと、アメリカの「ゴルフマガジン」と「ニューズウイーク」を買っていった。袋をあけた親方は、「おっ、ゴルフ。しかも英語だ。うまくなっちゃうよ」といって、そのまま読みはじめた。よかった。気に入ってもらえたようだ。しかし仕事の話をはじめてもさっぱり反応がない。スイングの解説に熱中しているのだ。「親方、聞いてるんですかっ!」「……」。仕方なく一方的に確認事項を述べると、「どこに問題があるんだ?」とポツリ。なんだ聞いてるじゃないですか。この半年間に、親方の怖いイメージはだんだん薄くなり、シャイで義理人情に厚い兄さんのように思えてきた。大阪の東関部屋は平野区の大念仏寺の境内にある。帰り際に編集担当のHさんが、門前で親方と写真を撮ってくれた。

3月×日
 マイクロソフトの人に「マリ・クレール」の英国版がおもしろいときいて、渋谷のHMVに買いにいく。書店の洋書売り場だと1700円くらいするものが、ここでは790円で手に入るのだ。エスカレーターから下のフロアを見ると、アーティストの村上隆さんがCDの棚の間をのんびり歩いていた。夜は新宿のワシントンホテルで、これから仕事でお世話になる人に地鶏鍋をごちそうになった。立ち上がって店を出るとくらくらする。飲みすぎた。

3月×日
 ティピというアメリカインディアンのテントの中で、作家のC.W.ニコルさんにお話をきいた。ニコルさんは4月20日から3日間ひらかれる「アースデイ東京」の実行委員長をつとめる。きょうはそれに向けての会見で、読売新聞、「SWITCH」、「ぴあ」などから7、8人が集まった。なぜか女性が多い。会場は恵比寿の「綱」という店の庭。私の隣には黒い犬が丸まって眠っていた。テントにすわって囲炉裏の火をみつめていると、山の中にいるような気分になるけれど、それを覚ますように山手線の音が響いてくる。ニコルさんは長野県の黒姫山麓に住んでいる。ふだんは書斎にいるか、道場か、森の中か、酒を飲んでいるか。「ぼくは熊だから、大勢の人間の前にでると小さくなっちゃうんだ」といって背中を丸めてみせた。たしかにちょっとお腹の出た熊のような体形である。身を乗り出すようにして私たちの質問をきき、ていねいに答えてくれた。昨年はじめてアースデイに参加してさまざまな人に会い、大きな収獲があったという。私の叔父も黒姫にいたことがあるので、あとできいてみると、「彼もアドレナリン中毒でしょ」といってニヤッと笑った。

3月×日
 夜7時から、東洋経済新報社の「さよならベンチャークラブの会」。ジャスマック青山スタジオという、ウェディングによく使われるパーティー会場に数十人が集まった。会長と編集長のあいさつが終ると、知っている人もあまりいないので、お寿司、ローストビーフ、パスタ、フルーツとどんどん食べすすむ。ハンディマッサージ機などの賞品が当たるビンゴ大会もあって、休刊というのにちっともしめっぽくない。なごやかな雰囲気だった。老舗の余裕なのだろうか。休刊パーティーに出るのは科学雑誌の「サイアス」に続いて2回目だけれど、ふつうはあまりやらないそうだ。おみやげにバラを一輪いただいた。

3月×日
 江東区の友人宅で「アエラ」の取材。途中、銀行員の旦那さんから電話が入る。「おかあさん、きょうの晩ごはんなに?」。毎日かかってくるそうだ。取材のあとは、芸能人目撃合戦になった。近所にジャニーズの二宮君が住んでいたらしい。うちの近くには堺正章の家があり、この前は桜の木の下で勝村政信らしき人を見た。

3月×日
 友人にいらなくなったデロンギのオーブンをもらった。これまで電子レンジもオーブンもなかったので、はりきって夕食に鳥のモモを焼いてみる。皮がカリッと香ばしく仕上がった。食後にNHKスペシャル「兵役拒否」を見る。兵役を拒否した18歳のイスラエル人ヤイールくんと、その父親のお話。今の緊迫した情勢ではどんな迫害を受けるかわからないのに、ヤイールくんは堂々と拒否を表明する。それももちろんすごいけれど、心を動かされたのは父親の態度だった。若いころ中東戦争で活躍したことを誇りにしている父親は、息子の兵役拒否を理解することができない。ヤイールくんは刑務所に入れられ、いったん帰宅を許される。父親は息子の好物のポテトパイを持って迎えにいく。でもふたりの主張は依然として平行線。そしてヤイールくんが再び出頭する日、ふたりは食事をしながらこんな話をする。「イガールという友だちも一緒に刑務所に入るのかい?」「いや、彼はぼくの後から入ってくるんだ。彼は刑務所がはじめてだから、緊張して電話してきたよ」「そりゃあ緊張もするだろう。心の支えが必要なんだ。先輩のおまえが助けてやりなさい」。信条のちがいがありながら、こんなに父親らしい言葉をかけている。この父親は、政治的な意見はどうであれ、息子を思う気持ちにはゆるぎがなく、息子がなぜ拒否するのかを考えつづけていた。ひとつの小さな種が身近な人を動かしていく様子が描かれていたと思う。取材者はなぜここまで家庭に入り込めたのか。あとで新聞記者の知人が教えてくれたのだが、番組のリサーチャーの井上さんという人がパレスチナ自治区に住んでいて、やはりもうすぐ徴兵年齢の18歳になる息子さんがいるのだという。

3月×日
 本郷三丁目で、沖縄の古謡集「おもろさうし」を読む会。外間守善先生はじめ19人が参加した。実質的には先生に解説してもらう会なのだが、先生は「このセミナーは共に学ぶ場所です」とおっしゃって、みなと同じ500円の会費を払っている。先生の話はたびたび横道にそれて「ぼくはどうして護佐丸の話をしてるんだっけなあ?」となり、「えっ、もう時間?」と終るのが常である。そのあと開かれた古文書研究会では、戦前の沖縄に住んでいた年配の男性たちが、トイレの紙がわりに使った葉っぱの名前について、「ほら、あの黄色い花の咲くあれよ。なんだっけ?」と語り合う場面がみられた。柔らかい葉っぱらし。