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12月×日
曙親方の来月のインタビューの日程を調整してもらっている。これまでは、編集担当のHさんとふたりで親方に会いにいっていた。ところが来月、Hさんは沖縄の粟国島に出張する予定になっていて、私はひとりで親方に立ち向かわなくてはならない。曙親方とは5、6回会っているものの、私の名前を覚えてくれているかどうか、自信はない。Hさんの助手でノートをとる係と思われているような気もする。ちゃんと話してもらえるんだろうか。2時間限りの勝負である。張り手が飛んできたって、なんとか話をもぎとってこなくてはいけないのだが。
12月×日
午後1時に田町の三菱自動車本社へ。三菱が10月に発売した軽自動車「ekワゴン」が売れているときいて、「東洋経済ベンチャークラブ」の取材を申し込んだ。開発から販売までを統括した相川さんに、マーケティングについて話してもらう。相川さんは40代後半の男性で、開発中に部下に話したことをまとめた自分の語録をつくっていた。駄洒落あり教訓ありで、楽しく仕事ができそうな上司である。背の高い軽自動車「トッポ」も相川さんが開発したそうだ。新幹線の車内でのすごし方や、発想法の話もしてくれた。車は3台もっている。2台は三菱、あと1台はマツダだった。車の開発者に話をきくのは、日産、ホンダにつづいて3社目。トヨタのマークすら知らなかった私も、だんだん車種を見分けられるようになってきた。
12月×日
都電に乗って、庚申塚のファイト餃子を食べにいく。皮の厚い俵形の餃子で、まわりじゅうがカリッときつね色に焼けている。中は肉汁がジュワっとしていて、おいしい。10個350円。巣鴨ははじめてなので、地蔵通り商店街を歩く。年寄りの街はさすがに夜がはやい。ほとんどの店はしまっていたが、マルジという大きな洋品店があいていた。ババシャツの親玉のような厚ぼったいシャツや、見たこともないほど巨大なパンツが山積みになっている。私もそのうちこういうのをはくようになるんだろうか。店の真ん中は、赤パンコーナーになっていた。真っ赤なパンツをはくと元気になるらしい。レースや毛糸のものにまじって、小学生の男の子用もあった。おばあちゃんからプレゼントされた孫はどんな顔をすればいいのか。帰りの都電の中で、5人の老女グループが私たちの体につかまってきた。この中にも赤パンがいるかもしれない。そう思うとやさしい気持ちになるのだった。
12月×日
夜おそく、北海道に住む友人から電話があった。上京してうちの近くにいるので、今から泊まりにくるという。あわてて押し入れから布団を引っ張り出す。足の踏み場もない有り様だったが、我慢してもらった。寝転がったまま、睡魔と闘いながら3時ごろまでムニャムニャと話をする。彼女は30代になってから獣医を志し、昨年、北海道の大学に合格して会社をやめた。私は潔いなあと感心するけれど、地元では、30をすぎて結婚していないと、なにか訳ありの人、と見られるらしい。私も出張先で「なんで結婚してないんですか?」ときかれたことがあるけれど、自分だってわからない。自分は自然にしているつもりが、いつのまにか世間では自然でないことになっている。翌朝、友人は小さなリュックひとつで大雪の北海道に帰っていった。
12月×日
日刊ゲンダイの忘年会に参加した。編集部の人、フリーライター、イラストレーターなど12人。神田の蛇の目寿司で、あんこう鍋をいただく。味噌仕立てで、肝がスープにとかしてある。おいしい。隣の席は風俗ライターの男性だった。30代くらいの静かな人だったけれど、話はすごかった。携帯メールで知り合った女性とドライブして山の中にいったら、突然、バイクに乗った3人組の男があらわれて、「痛い目にあいたいか、それとも金をだすか」とおどされたという。女性の仲間なのである。結局、お財布にあった3万円をわたして解放された。芸能人の実家の店を訪ねるコラムを連載中の石丸元章さんもきていて、腕の刺青をみせてくれた。昔ながらの針と電気針では、痛みも仕上りもちがうという。石丸さんは『神風』という本を出したばかり。新聞に山口文憲さんの書評がのっていた。2次会は新宿のゴールデン街へ。こんどは、ゲンダイの風俗記事をつくり上げたといわれるベテラン記者の隣になった。
12月×日
コンビニチェーンの社長との座談会に出席した。会社の環境報告書に収録するための座談会なので、コンビニと環境問題がテーマである。出席する10人のほとんどは、環境関係のNGOや大学のサークルで活動している人。私はそうではなくふつうの人なので、意識も知識も低く、やや緊張していた。まずは昼食をとることになり、コンビニの特製弁当が配られた。隣の席の男性は、上着の内ポケットから刀でも抜くように、箸を取り出した。いつも胸元に忍ばせていて、飲食店でも割り箸を使わずこれで食べるという。まわりを見ると、10人中6人がお箸をもってきていた。環境派の間では常識中の常識らしい。帰りに謝礼として7000円分の商品券をもらった。
12月×日
町田忍さんの新刊『銭湯の謎』を読む。銭湯は年々へっているそうで、うちの近所の銭湯も、昨年とうとうなくなってしまった。20円のおかまドライヤーがなつかしい。のぼせておばちゃんに介抱してもらったこともあった。跡地にはマンションが建設されている。渋谷の西武の婦人服売場で、メガネをかけたナンチャンとすれちがう。奥さんと思われる女性と服を選んでいた。夜は機内誌の忘年会。無国籍料理店のあとはカラオケだった。
12月×日
19歳の予備校生と渋谷を歩く。昨年、新聞の家庭料理の記事に登場してもらった仙台の女の子。取材のときは、庭でとれたかぼちゃで、おいしいコロッケをつくってくれた。高校卒業後に上京して、今はお兄さんと一緒に住んでいる。将来、食物関係の研究をしたいという目標をもっていて、それに向かって受験勉強中なのである。料理も洗濯も自分でこなし、仙台には一度も帰らずにがんばっている。電話すると「なにも楽しみがないんですー」としんみりしていたが、会ってみると元気そうだった。渋谷にいってみたいというので、ハチ公口で待ち合わせてお昼を食べた。おいしいおいしいといって食べてくれる。109のお店をてっぺんから全部見て回って、モーニング娘。のプリクラを撮った。試験が終ったら、かぼちゃ料理を食べにいくことになっている。
12月×日
元旦。朝日新聞のテレビ特集の「ことば」欄に使うため、芸能人のトーク番組ばかり見る。お正月に見た中では、NHKの「アクターズスタジオインタビュー」が群をぬいておもしろかった。スピルバーグ、ジュリア・ロバーツ、メグ・ライアンのインタビューを録画。今年も年賀状が間に合わなかった。仕事でお世話になった人などから先に届いてしまうと、人間失格のような気持ちになる。すこしは挽回しようと一枚ずつ書きはじめる。
12月×日
原稿を印刷するため、渋谷のキンコーズへ。ここは24時間、カラーコピーやパソコンの出力ができる。お正月の午前中とあって、閑散としていた。A4の原稿の出力は1枚9円、パソコン使用料は10分200円。思ったより安い。午後は知人宅に年始にいく。同行の友人はあでやかな紅型の着物姿だった。お屠蘇とおせちをいただいたあと、織部焼の器を見せてもらう。緑色の釉薬のかかったゴツゴツした器はどっしりと重い。赤瀬川原平さんの『千利休』を読んでいて、ちょうど織部焼が出てきたところだったので、ことさら興味深かった。
12月×日
編集者のFさんと銀座の虎屋で打ち合わせ。新年のお菓子、花びら餅と抹茶を注文する。お雑煮もおいしそうだった。白味噌仕立ての丸餅入り。20日までやっているという。Fさんが、ある対談の原稿を持っていたので、参考までに見せてもらった。対談に同席した速記者が文字に起こしたもので、対談した人の名前はもちろん、日時、場所などが表紙にきっちりと書かれ、中の体裁もとても読みやすい。プロの仕事と感心し反省した。
12月×日
私の庄野潤三ブームはまだつづいている。江國香織との対談が「新潮」にのっていた。おしまいに庄野潤三の附記がついている。対談中にうさぎのミミリーの大きさをまちがえてしまってごめんなさい、というようなことが、非常にていねいに書いてあった。ミミリーとは、長男の家で飼っているうさぎのことである。
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