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10月×日
きょうは仕事をしないで、グラフィックデザイナーのMさんと、横浜トリエンナーレにいった。とにかく広くて点数が多い。途中でお昼を食べて、夕方までかかった。木炭で描いた絵がアニメのように変化していく映像作品がよかった。Mさんも同じ作品が印象に残ったという。久しぶりに刺激的な一日。桜木町駅まで戻る途中、草間弥生の屋外作品をみる。設置するとき、草間さんははりきりすぎて、海に落ちそうになったそうだ。
10月×日
写真家のホンマタカシさんが、赤瀬川原平さんとの対談の中で、最近、庄野潤三さんの小説を読んでいるといっていた。どんな作家なのか知りたくなって、「葦切り」という短編をはじめて読んだ。治水工事の仕事をしてきた篠崎さんという人に、語り手が話をききにいく。そのやりとりが書かれている。篠崎さんが歌人ということはわかるけれど、語り手は何者なのか、どんな目的で篠崎さんに話をききにきたのか、背景がさっぱりわからない。家内が拾ってきた犬に白と名付けたとか、水生植物園に行こうとしたら優待券がなかったとか、なんでもないことがていねいに書いてあって、それが延々と続いていく。読みすすむうちに、怖くなってきた。どこまでいったらなぞが明かされるのか。猛スピードでページを繰っていくと、最後から3行目に、「もう帰らないといけない時間になった」といって、語り手はさっさと帰ってしまうのだった。こんな小説の書き方は初めてで、うろたえた。ホンマタカシさんはこういうところにはまったのだろうか。
10月×日
きょうは、庄野潤三の文庫本『貝がらと海の音』を買ってきた。こんどは、孫や子供に囲まれた老作家の日常風景である。ふつうはわざわざ文章にしないような、ささいな出来事が描かれている。おいしいものをいただいたときは、おいしい。いいことがあったときは、うれしい。それで一日が終る。当たり前の日常を書き続けると、当たり前じゃないものになるのか、ときどき無性に笑いたくなる。帯には、「なんでもないことが、庄野さんの文章によって突然可笑しくなる。」という江國香織の言葉がのっていた。おかしい。
10月×日
ファイナルファンタジーXの主題歌を歌っているRIKKIさんの取材で、池尻大橋のユニバーサルへいく。フワッとしたショートヘアの小柄な女性。奄美大島の出身で、15歳のとき日本民謡大賞グランプリに選ばれた。奄美に戻ってきたら、空港にオープンカーが待っていて、家までパレードして帰ったという。高校を卒業してから上京して、奄美の島唄やポップスを歌っている。海や山が恋しくなると、奄美に帰る。先月出したアルバムには、浜辺に寝転んで作った曲が入っている。
10月×日
吉祥寺のスターパインズカフェでRIKKIさんのライブ。お客さんは、30代以上の男性が多かった。彼女の声に癒し効果があるからか。2時間近く、たっぷり歌ってくれた。CDもいいけれど、ライブにきてよかった。一緒にいった友人も喜んでいる。八丈島料理の浜ちゃんでビールを飲み、島寿司を食べた。
10月×日
晶文社の新刊『石神井書林日録』の著者、内堀弘さんと、『古本屋月の輪書林』の高橋徹さんの対談に立ち合う。ズシンとくる言葉の連続だった。「みんなうたいたい歌がないんじゃないの」とか。晶文社の今月のサイトのための対談。編集長の大河さんが仕切ってくれた。内堀さんが差し入れてくれた缶ビールを晶文社で1本ずつあけてから、近くのカフェで1時間半ほど話していただいた。
10月×日
MSNのインタビュー原稿を書く。外はいい天気。きのう、神保町のエスワイルで買ってきたモンブランを食べる。おいしい。790円出しても満足。新聞のテレビ欄の「ことば」を書き、午後から曙親方の話をまとめる。終ってこんどはサバランを食べる。夜は友人に頼まれて、パスタソースの試食会に参加した。食品メーカーが開発中の製品を、ひとり暮らしの女性に食べさせて意見をきくというもの。渋谷の貸会議室にいくと、10人の女性がきていた。6皿のパスタを食べて感想をいう。役に立ちそうなことがいえなかったのに、7千円ももらってしまった。
10月×日
特殊音楽家のとうじ魔とうじさんがプロデュースしている「平成狂歌」のオーディションをみにいく。「平成狂歌」は、70年代にフォーク歌手の山平和彦が歌って話題になった「放送禁止歌」の現代版のようなもので、漢字四文字を連ねて世相をうたう。「天下天下 特殊法人 転々転職 老人天国……」。ボーカルは、きょうのオーディションで選ばれる。阿佐谷地域区民センターの音楽室には、10代〜30代の女性が20人ほど集まっていた。ひとりずつ審査員の前でカラオケに合わせて歌い、質問に答える。審査員は中森明夫さん、湯浅学さん、明和電機の土佐信道さん。堂々とアピールする人もいれば、緊張のあまり会場から逃走して、母親に連れ戻された14歳の女の子もいた。終了後、審査員とスタッフが意見交換した。「歌はうまくないけど、この曲を愛してがんばってくれそう」「衣装をつけて歌ってる絵が浮かぶ」「美大によくいるタイプ」「タレントにはフェロモン&嫌われオーラが必要」……と、いろいろな意見が出た。結局、金沢在住23歳の喜多恭佳さんに決まった。名前も「きょうか」である。
10月×日
お昼を作るのがめんどうになり、近所の店に食べにいく。後ろの席で、二十歳くらいの男の子と同僚の女性が話している。
「うちのかあちゃんさ、オレが知らないうちに結婚してたんだよ」
「!?」
「きのう久しぶりに電話したらさ、あたし名前変わったから、松島キョウコになったから、っていうんだよね」
「再婚したんだ」
「うん。で、じゃあオレも松島太郎になるの?ってきいたら、あんたは中村太郎のままでいいってさ。松島太郎のほうがかっこいいから松島太郎になりたいっていったら、中村太郎のほうが運勢がいいからそのままにしとけって」
「ふうん」
「でもさ、オレ、前は田口っていう名前だったんだ」
「ええーっ?」
「田口ってだれなんだろう? 姉貴はまたちがう名前なんだよな」
「……太郎は太郎だからいいじゃん」
「かあちゃんになにか送ってやろう。松島キョウコ様って書いてさ」
そのあとふたりは、虎、猿、羊、馬、牛、犬が自分と一緒にいたら、どれから手放すか、という心理クイズをはじめ、「太郎、めちゃくちゃ愛情深いよー」と女の子に感心されていた。
10月×日
曙親方に話をきくため、担当のHさんと夜7時の飛行機で博多に向う。九州場所の2週間前から千秋楽までの1カ月、親方はずっと博多にいっている。建設会社のプレハブが宿舎と稽古場になっていて、博多ではそこが東関部屋である。空港からタクシーで到着したのは夜10時近かった。扉から光がもれている部屋をのぞくと、スウェットシャツを着た曙親方が、どっかりとベッドにすわっていた。入口には巨大なビーチサンダルがぬいである。広さは12畳くらい。スーツが何着かかかっているだけで、すっきり片付いている。親方は風邪気味らしく、コンコンと体をふるわせて咳をしていた。若い人が呼ばれて、ウーロン茶を出してくれた。上半身が裸なのでどぎまぎする。あの人たちは夜になっても裸なんですか、と親方にきくと「当たり前だよ。相撲とってんだから」。全然寒くないらしい。親方は、冗談をいって私たちをからかうかと思うと、ときどきホロリとするようなことをいう。東京よりリラックスして話をきくことができた。おしまいに、巨大な靴やスーツをさわらせてもらった。親方は、タクシーがくるまで外で一緒に待って見送ってくれた。中洲のワシントンホテルに荷物を置いて、Hさんの案内でとんこつラーメンを食べにいく。投票所のように、席がひとりずつ、ついたてで仕切られている店だった。ラーメンに集中してくれ、ということらしい。おいしかった。
10月×日
朝6時に起きて、稽古をみにいく。東関親方にあいさつして、土俵わきの畳にすわらせてもらった。県会議員や後援会関係の人もきている。10人ほどの力士が、かわるがわる土俵に上がって、ぶつかりあっている。ひとりだけ白いまわしをしめた力士が、親方の前ですり足の練習をしていた。「もっと早く足を動かしてみな」と、東関親方と曙親方から交互に声がかかる。体中から汗が吹き出して、息が上がっているけれど、休むわけにはいかない。ほかの力士にも、「オラオラ、ぼっとしてないで早くやれよ」と激が飛ぶ。こんな厳しい世界で横綱にのぼりつめた曙親方が、さらに大きくみえてきた。
10月×日
中学の同級生で料理研究家の小田真規子さんが、NHK「きょうの料理」にデビューした。新人の登竜門といわれている「20分で晩ごはん」というコーナー。このままずんずん登っていってほしいと思う。小田さんは管理栄養士でもあるので、カロリー控えめのお菓子など、栄養にも気をくばったレシピが得意で料理本も何冊か出している。初めてのテレビ出演に、ちょっと緊張している様子で、こちらもドキドキしながらみた。
10月×日
新宿のシアタートップスに、カクスコの最終公演をみにいく。14年間に24本を上演したカクスコは、今回の公演を最後に解散する。毎年の楽しみがひとつ消えてしまった。14年来の仲間とばらばらになる6人のメンバーは、どんなに寂しいことだろう。歌舞伎町のタイ料理シャムで、揚げ春巻と炒飯を食べて帰る。
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