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9月×日
「Inspiration」という曲がヒット中のSCRIPTの取材。大雨の中、池尻大橋のユニバーサルに向う。20代後半の男性ふたりのユニットで、ビデオクリップの印象より、素朴でやわらかな感じの人たちだった。過去のCDを聴いてきたものの、音楽の知識が足りないこともあって、質問がなかなか出てこない。勘所をはずしている。さぞや答えにくかったことだろう。同席しているマネージャーは退屈そうだし、レコード会社の人の視線も心なしか険しく感じられる。冷や汗をいっぱいかいて、逃げるようにビルを飛び出した。こんなことしてたらダメだ、ああーっと叫びたい気持ちで目黒川沿いを歩く。まずはしっかり食べようと、秋刀魚を買って帰った。
9月×日
86歳の祖母から手紙をもらった。白い封筒に鉛筆で「ゆりちやんへ」と書いてある。祖母は八王子でひとり暮らしをしている。好きな時間に起きてごはんを食べられるから、ひとりのほうが気楽でいいそうだ。いつもシャキシャキと元気で、暗い顔は見たことがない。へこたれてばかりの孫は感心するばかりである。それにしても、改まって手紙をくれるなんてどうしたんだろう? 神妙に封を切ると、「一人でたいへんでしょう」と書かれた一筆箋と10万円が入っていた。おこづかいにしては多すぎる。だいたい祖母は年金暮らしの身。私がおこづかいをあげなくちゃいけないのである。母に電話すると、祖母はたんすや着物といった身の回りの品をみなに分けて、死の準備をしているらしい。ピンピンしてるのに気が早すぎるよね、といいながら、ありがたくもらうことにした。大事にとっておこう、と思ったら、翌日、家賃の支払い日がきて、あらかたなくなってしまった。
9月×日
あした締め切りの原稿を朝から書く予定だった。仕事がおそいくせに、切羽詰まらないとエンジンがかからない。なかなかパソコンの前にすわる気になれず、洗濯機を回し、掃除機をかけ、トイレ掃除までしてしまった。べつに今やる必要は全然ないのである。トイレ掃除はこういうときの定番で、シュッシュと便器にブラシをあてているうちに、ああ、そろそろやらなくちゃ、という気になってくるから不思議である。夕方になってようやく、アルバムを出した岡本孝子さんのインタビューをまとめる。深夜までかかってしまった。
9月×日
日本の田舎にいってみたいという友人と、宮崎県の椎葉村を訪ねた。熊本との県境に近い山の中である。今も焼畑でソバや小豆を作っている家が1軒だけあり、民宿もやっているので、そこに泊まることにした。クニ子さんというおばあさんがいて、焼畑や山の暮らしについて話してくれる。山を焼くと、虫がいなくなるし雑草もはえないから、農薬も肥料もいらないそうだ。ソバ、ヒエ、小豆、大豆と4年間畑として使って、その後は木を育てる。何十年かして大きくなったら木を売り、また火を放って畑にする、というサイクルである。ひと月前に焼いた畑に案内してもらった。山の斜面のかなり広い部分が黒くこげていて、そこからソバが一面に茎を伸ばしている。白いつぼみが風にゆれて、もうすぐひらきそうだった。こうしてできたソバ粉は、お湯で練るとフワッと軽い食感になって、いくらでも食べられてしまう。夕食には、これを野菜の汁に浮かべたものが出た。ほかの献立も、干した筍の煮物、野草の天ぷら、焼き豆腐、ヤマメの甘露煮と、自家調達の食材がほとんど。東京の食卓とはずいぶんちがう。ところで、こんな遠くまでこられたのは、どこへ飛んでも1万円という、日本エアシステムのバースデー割特のおかげである。機内では、手書きのカードとプレゼントを、わざわざ客席まで持ってきてくれた。中味はスチュワーデスのぜんまい人形とキャンディー。
9月×日
「大失業時代に負けない」というテーマで取材したビジネスマンの写真撮影で日本橋へ。オフィスが入っているビルの前に立ってもらい、腕を組んだり、空を見上げたり、ポーズをとってもらった。私がレフ板を持って、カメラマンがパシャパシャやっていると、警備の人が数人、わらわらと走り出てきた。カメラマンは落ち着いたもので、見えないふりをしてとり続けている。警備の人は、「悪い記事に使われたら困る。ビルにも肖像権があるので、許可をとってから撮影してほしい」という。夕闇がせまっているから、許可をとっている時間がない。先に写して、事後承諾をもらうことで納得してもらった。終ってからビルの管理部を訪ねると、許可はあっさりおりた。それにしても、ビルの肖像権というのはどうなっているのだろうか。
9月×日
アフガニスタンの人たちはどんなものを食べているのか。東京にはアフガニスタン料理の店は見当たらない。では隣のパキスタンは、ということで、蒲田のパキスタン料理店「ザイカ」にいってみた。こじんまりした店内はパキスタンの布やポスターで飾られ、料理もサービスもパキスタン人である。アルコールはない。骨付き鶏肉入り豆カレー、ナン、シークカバブ、鶏の炊きこみごはんを食べ、お菓子とチャエ(ミルクティー)でしめくくった。おいしい。さんざん食べてひとり2000円くらいだった。インドのナンは三角形で、パキスタンは円形というように、インド料理とはすこしずつ違っているらしい。料理は持ち帰ることができるし、カレー用のスパイスやナンも分けてくれる。スパイス(300円)はレシピ付き。骨付き鶏モモ肉で作ってみたら、店の味が再現できてとても楽しかった。音楽テープや、パキスタン製のサッカーボールも売っている。
9月×日
連休を半年ぶりの沖縄ですごした。那覇の松尾の裏通りにある八汐荘に荷物をおいて、リュウボウという百貨店にいく。ファンデーションを忘れたので、化粧カウンターへ。40代後半くらいの女性が応対してくれる。私の顔をコットンでゴシゴシふいて下地をのばし、おでこと左右のほおを別々の色のファンデーションで塗り分けて、合う色を選んでくれた。渋谷のデパートでは考えられないていねいさ。いつもより貴重なものを買ったような気になる。3色のままの顔を気にしながら、ついでにセーターとスカートを買う。外に出ると、とっぷりと日が暮れていた。
9月×日
沖縄のマンゴはとびきりの味である。それをよく知っている東京の友人から、ひと箱送るようにたのまれた。農連市場の「謝花青果店」と、店まで指定されている。市場を歩いて店を探し、キーツマンゴ大玉4個3000円をお願いする。おばさんが島バナナをひと房おまけしてくれた。夕方、前に仕事でお世話になった壷屋焼の育陶園に電話すると、いまからカツオのお刺身でビールを飲むという。半年前にきたときはピザパーティーをやっていて、きょうはお刺身。タイミングのいいこと。私みたいなのをクエブーというそうだ。つまり、食いっぱぐれない人という意味。若い陶工の人が買ってきてくれた沖縄風のかまぼこや、ビン入りピーナッツをつまみながらビールをいただいた。
9月×日
那覇からバスで1時間半、サミットの会場になった万国津梁館で、沖縄研究国際シンポジウムがひらかれた。沖縄の古謡集「おもろさうし」の研究で知られる外間守善さんが中心になっているもので、今回は4回目。初日は記念講演や基調報告があり、翌日は首里の県立芸術大学で、民族学、芸能、文学、美術工芸などに分れて研究発表がおこなわれた。終日、染織、焼物、漆器などの発表をきいてすごす。前に取材した琉球漆器の伝統工芸士、松田勲さんにも再会することができた。
9月×日
曙さんの引退相撲の日がやってきた。両国国技館の入口では、あの水戸泉がチケットもぎり係をしている。きょうは新聞社がチケットを用意してくれたので、豪華にも桝席、しかもおみやげつきである。おみやげの袋には、二段弁当、焼鳥、ビール、緑茶、軍配うちわ形のチョコレート、そして曙さんのロゴマーク(NBA風)入り大皿が詰まっていた。しかし桝席というのは狭い。ハワイからきた曙さんの家族や友人は心得たもので、いすのボックス席にゆうゆうと陣取っていた。最後の土俵入りに続いて断髪式がはじまった。長年ライバルだった貴乃花がはさみを入れると、曙さんは涙を流していた。ラモス、堺正章、中尾彬も土俵に上がった。観客からの声援が大きかったのは堺正章である。ドラマ「ちゅらさん」の最終回が放映された日だったこともあって、「ブンちゃん!」と役名を呼ぶ人もいた。
夜は新高輪プリンスホテルで立食パーティーがひらかれた。こんなに巨体が集う会もめずらしい。力士に加えて、ハワイからの一行がみな縦も横も大きいのである。曙さんとお母さんのツーショットをとろうとして、私はずっとお母さんのそばに待機していた。次々に人がやってきて記念写真をとっていく。お母さんはそのたびに笑顔で応じている。隣のテーブルにも、ひっきりなしにサインや写真をせがまれている人がいた。格闘家の佐竹雅昭である。さらにその向こうにおじさまたちが集まっている。囲まれているのは、ミスユニバースだった。2時間立っていたけれど、結局ツーショットの写真はとれずに帰る。
9月×日
きょうで丸4日、人に会っていない。と、自慢するようなことではないけれど、取材がなくて、友だちに会う約束もないと、自然に家に閉じこもることになる。ひとりでチマチマ過ごすのは楽しい。でも、こうやって少しずつ世間からずれていくのかなと思う。会社に勤めていると、とにかくたくさんの人と触れるから、知らず知らずのうちに膨大な情報がインプットされている。女の子たちの服装とか、会議とか、トイレでのたわいないおしゃべりとか。で、知らず知らずのうちに自分を微調整していたように思う。今は上司もお局様もいなくて楽だけれど、このままだと浮世ばなれした人になりそうで怖い。
9月×日
「東洋経済ベンチャークラブ」の取材でプランタン銀座へ。食品のバイヤー加園さん(34歳)に洋菓子ヒットの秘訣をきく。キャラメルのデザート、ジンジャー入りの焼菓子など、この2年間、彼の企画は当たりつづけているという。売場で写真をとった後、カフェでお話しする。帰りはプランタンのビゴの店で、生ハムのサンドイッチ、バゲットを買いこむ。シェフの藤森二郎さんが、フランスで見聞きしたパンやレストランの話を書いているフリーペーパーをもらうのも、ここにくる楽しみ。帰ってカフェオレをいれ、パンをバリバリかじってから、原稿を書く。ベンチャークラブは起業家のための雑誌なのだけれど、最近、部数を伸ばしているらしい。会社を起こして苦闘している友人も、定期購読を申し込んだ。「この雑誌は、がんばれっていってくれてる気がするんだよ」とのこと。このところ、雑誌がなくなって仕事もなくなる、ということが続いているので、うれしいニュースだった。
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