ライター仲宇佐のメランコリックな日常
2001年8月のダイアリー

仲宇佐ゆり

 フリーターという言葉もすっかり定着して、東大卒業してもフリーターになる人も少なからずいるという昨今、「プー」の別名とも言われたフリーライターという職業も、ものめずらしいものではなくなりました。でもこのフリーライターという職種、その実態はどんなものなのか謎な気がしませんか? いろんな人に会いに行けて楽しいんだろうかとか、ギャラはいいんだろうかとか、やっぱり寝ないで働いているんだろうかとか、普段なに食べているんだろうかとか、自分にもできそうな気がするんだけどとか……。そんな興味にお答こたえすべく、いま売り出し中のライター仲宇佐が、そのメランコリックな日々を日記で公開。はたしてその内実やいかに。

8月×日
 赤坂にあるマネージメント会社の会議室で、曙親方の2回目の取材をする。9月から親方が朝日新聞の日曜版に隔週でコラムを連載していて、その構成を担当することになった。現役のときは怖い顔ばかり見せていた親方も、話してみるとジョークを連発する陽気なハワイアン。家族や友人を思う気持ちが強くて、ひと昔前の日本人の風情がある。将来的にはビジネスをやっていきたいそうだ。連載を始める前に、四ッ谷のお寿司屋さんで顔合わせをした。白いワイシャツにスラックス姿の親方は、やはり小山のような大きさで、カウンターの椅子を針金でふたつくっつけて座っていた。マグロとイカをまぜた特製納豆を食べ終えると、アメリカ製の大きな車に乗って帰っていった。付き人はいるけれど、自分で運転することも多いようだ。今後は月に一度くらいのペースで会うことになっている。

8月×日
 夜、代官山をふらふらしていたら、ドラマのロケにいきあたった。カメラの前には岡江久美子と学生服を着た山田孝之(ちゅらさんの恵達)が立っている。恵達はテレビの印象より随分ほっそりしていて顔も小さい。それにしても岡江久美子はよく働く。あすの朝は8時半からTBS「はなまるマーケット」の生放送があるはず。もう夜10時半をすぎているから、睡眠は4時間くらいなのでは。

8月×日

 岡江久美子は昨晩の疲れも見せず、「はなまる」に出演していた。
 昼間は原稿を書き、夕方、西荻窪へ。ライターの北尾トロさんが2ヶ月限定で開いた古本カフェを訪ねる。こじんまりした店内に濃い目の趣味の本が並び、トロさんがコーヒーを入れてくれる。居心地のいい古本屋というのは初めてで興奮してしまった。トロさんの名を知ったのは、裏モノライター下関マグロさんの取材をしたとき。その後「ダヴィンチ」の連載「すすめ北尾堂」を読むようになり、最近は日記のメルマガも見ている。店は繁盛していて、私のいた20分の間に10人の客がきていた。北尾トロ『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』、えのきどいちろう『心配御無用』、『太陽 染めと織りのある暮らし』などを購入。

8月×日
 映画『ラッシュアワー2』の記者会見に出席するため、新宿のパークハイアット東京へ。ジャッキー・チェンとクリス・タッカーの捜査官コンビが、悪党と闘うアクションコメディーである。来日するはずだったクリス・タッカーが急病でこられなくなり、ブレット・ラトナー監督ひとりの会見となった。地味な会見だなーと思いながら39階ボールルームに入ると、なにやらものものしい雰囲気。テレビカメラが10台以上きているし、記者も数十人集まっている。彼らが手にしているカメラは、たいていデジタルカメラである。最近は新聞社もデジカメを使うようになってきた。
 さて、ラトナー監督はマライア・キャリーやマドンナのミュージックビデオを撮ってきた31歳の若手で、映画は『ラッシュアワー』が出世作である。『ハンニバル』『羊たちの沈黙』との3部作になる『レッド・ドラゴン』の監督にも決まっていて、今、配役を決めているところ。レクターはアンソニー・ホプキンス、グレアム捜査官はエドワード・ノートン。連続殺人鬼にはニコラス・ケイジやショーン・ペンが名乗りをあげているが、新人にしたいそうだ。もし『ラッシュアワー2』の続編を日本で撮ることになったら、ナイナイの岡村くんを起用したいといっていた。30分ほどで質疑応答は終り、特別ゲストが登場。カメラを持った記者たちがザザーッと前につめよる。フラッシュがたかれる中、花束を抱えて現われたのは叶姉妹だった。お決まりの胸のあいた服である。人垣が厚くて残念ながら胸までしか見えない。ラトナー監督は、「写真集で見てたけど、こんなにスウィートでラブリーだとは思わなかった! 日本で映画を撮るときはぜひ出演してほしいね」と鼻の下をのばしている。クリス・タッカーのかわりに叶姉妹が呼ばれたのだろうか。取材陣が妙に多いのはこのためだったのか。アホらしくなるけど、叶姉妹の集客力はたいしたもの。人寄せをきっちり請け負う仕事人である。帰ってすぐに原稿を書き、MSNの担当者に送る。取材した日に出すとすっきり爽快。いつもこうありたいものである。

8月×日
 30代も深まってくると、さすがに将来のことを考えるようになる。老後のためには、60歳までに2900万円貯めなくてはいけないそうだ。とりあえず国民年金には加入しているけれど、生保の年金型のものにも入ったほうがいいのだろうか。どちらが先に破綻するか、賭けのような気もするな。などと考えながら本郷三丁目に向う。オモロ研究会と古文書研究会に出席。早くも2回目にして緊張が解け、居眠りをしてしまった。隣のおじさんが目覚ましに飴をくれた。

8月×日
 前に取材させてもらった庶民文化研究家の町田忍さんが、『蚊遣り豚の謎 近代日本殺虫史考』を出版した。高校一年のとき、スキー民宿で見かけたカブト虫印の蚊取り線香が琴線にふれ、薬局にいくと蚊取り線香だけが突出して見えるようになったという。蚊取り線香が琴線に触れる人もめずらしい。以来35年間も研究を続けてきたとあって、文章に愛情がにじみ出ている。あとがきに「このようなテーマにもかかわらず執筆の機会を与えてくれた編集部の○○氏に感謝」とあった。ほんとによく「このようなテーマ」で、と思う。著者近影もよかった。やや広くなったおでこに、うず巻き状の蚊取り線香をペタリとはりつけて写っている。町田さんは世界でただ一人の正露丸研究者でもある。正露丸の本を出すときは、あの粒をどこにはるのか。鼻につめるのかも。

8月×日
 「東洋経済ベンチャークラブ」の取材で茅場町の花王へ。「健康エコナ」という食用油のマーケティング担当者に話をきく。きのうはインターネットで花王について、それと他社の食用油について調べた。今はなんでもまずネットで調べる。検索を繰り返して、取材先を探すこともある。会いにいかずに、メールだけで取材して記事を書く人もいるようだ。パソコンがなかった時代はどうしていたのだろう。

8月×日
 きのう暑い中を歩き回って疲れたらしく、起きたら10時半。あわてて昼ごはんを食べ、曙親方の原稿の構成にとりかかる。なるべく本人の言葉通りにしたいけれど、漢字が多くなってしまったりして、うまくまとめるのはむずかしい。窓をあけていたら、風にのって三線の音が流れてきた。きょうは代々木公園でBEGINや喜納昌吉が出演する無料コンサートがあるのだ。ここは代々木公園とはずいぶん離れているけれど、風向きによって音楽や集会の喧騒が響いてくる。ちょうど原稿が終ったので、友人を誘って自転車でいこうとすると、タイヤがぺっちゃんこになっている。仕方なく歩いていくと、コンサートはすでに終了。ゴミ拾いの人ばかりが目立っていた。店仕舞を始めた屋台でぬるい坦々麺をすすって帰った。

8月×日
 お金持ちの知り合いのおかげで、つかの間リッチな気分に浸れることがある。昨年は高層マンションのペントハウスから、東京湾の花火大会を見物した。バレーボールができそうなくらい広いバルコニーでシャンパンを楽しんだ後、「ごめんなさい、きょうは何にもないんですのよ、ホホホ」という奥さんの声に導かれてダイニングルームへ。テーブルには特大の板台が待ちうけていた。銀座の高級店「久兵衛」のお寿司がぎっしり詰まっている。ウニもイクラも、食べても食べてもなくならない。これで「何もない」のである。そして今年は別の人が軽井沢の別荘に招いてくれた。古くからの静かな別荘地で、専用テニスコート付き。大名の血筋をひく彼らは、トマトを湯むきするのである。3日ぶりに自分のアパートに戻ってくると、エレベーターで急降下したような気持ちになった。でも、シャカリキに働いて上の階にいこうという意欲がわいてこない。あまりに遠すぎるからなのか。他力でときどきいければいいや、と思っているのかもしれない。

8月×日
 軽井沢駅で買ってきた「横川の釜飯」のお釜でご飯を炊く。釜飯のまねをして、ゴボウや鶏肉をのせたらおいしくできた。朝から一合食べてしまう。取材の下調べをしていると雨が上がったので、メディアアーティスト岩井俊雄の展覧会を見にいく。会場のラフォーレミュージアム原宿は、光と音のゲームセンターのようだった。観客が触ったり動かしたりすると、音楽や光が変化する作品ばかり。たとえば、モニター画面を指で触ると、指先から色とりどりの水玉が生まれて3Dの模様が描かれる。おもしろくて夢中でやっていたら、いつのまにか後ろにカップルの長い列ができていた。なぜか観客はカップルばかりである。近くのオーバカナルでサラミのサンドイッチとバゲットを買って帰宅。

8月×日
 アスキーの友人と初台で昼ご飯。「週刊アスキー」をもらって久しぶりに読む。唐沢なをきさん、神足裕司さんの連載も順調の様子。IT関連のニュースや新製品情報など、ビジネス誌の取材で必要になることがあるので、ときどき目を通そうと思う。午後は東京オペラシティーアートギャラリーでグループ展「わたしの家はあなたの家、あなたの家はわたしの家」を見る。小沢剛さんの「相談芸術ホテル」がおもしろかった。カプセルホテルの白いカプセルが三つ並んでいる。何組かの観客に実際に泊まってもらって、快適なホテルにするための提案をしてもらう。壁に絵をかけてほしいとか、パジャマを用意してくれとか、その通りにカプセルホテルを変えていくという作品である。小沢さんは何年か前から相談芸術シリーズを手がけている。最初に見たのは「相談芸術大学」だった。絵を描きながら人に意見をきき、言うなりになって描き変えていく。「このヒマワリは赤いほうがいい」といわれれば赤く塗る。逆らわないし議論もしない。芸術で一番大切なのはオリジナリティである、という常識のまったく反対のことをするのである。ひとりでは考えつかないアイディアが出てきたりして、オリジナリティって何? と問いかけられる。今回のカプセルホテルでも、泊まり客から珍妙な意見が寄せられていた。「夜中にゴスペル隊が訪ねてきてほしい」「相田みつおの詩を飾って、来る人に嫌な気分になって欲しい」「枕を北向きにして欲しい」「朝市を開いて欲しい」など。

8月×日
 田口ランディ『できればムカつかずに生きたい』が婦人公論文芸賞を受賞した。発売されたとき、タイトルにひかれておもしろく読んだ。そして「できればムカついて生きたい」と思った。田口ランディはいろんなことに腹を立てている。私の回りにいる書く人たちも、よく怒っている。ジャーナリストは、政府や悪徳企業への憤りが原動力になる。なにを書くにしても、怒りのような引っかかるものがないとダメなんじゃないかと思う。なのに私はあまり怒らない。人が頭にきたという話をきいて、「はあー、そういうことで怒るのか」と感心するばかりである。鈍いのだろうか。怒る能力の低さを心配した友人が『怒りのダンス』という本を貸してくれた。アメリカの心理学者が書いた「わたしらしさの発見」というシリーズ。これを読めば怒れるようになるという。学んだのはひとつだけ。怒るときは自分を主語にして訴えろ、ということだった。「そんなこといわなくたっていいじゃないの!」ではなく、「私はこう傷ついた」というと説得力を持つのだそうだ。

8月×日
 アエラ編集部から注文をもらう。大失業時代に負けない、という臨時増刊号の仕事で、失業してもがんばっている人にインタビューする。真っ先に思い浮かんだのは、リストーラ久留島さん。♪焼肉食べ放題ヨロレリヒー♪の桂雀三郎withまんぷくブラザーズのメンバーで、会社をリストラされて芸能界入りした人である。さっそくアポを入れてみよう。