ライター仲宇佐のメランコリックな日常
2001年4月のダイアリー

仲宇佐ゆり

 フリーターという言葉もすっかり定着して、東大卒業してもフリーターになる人も少なからずいるという昨今、「プー」の別名とも言われたフリーライターという職業も、ものめずらしいものではなくなりました。でもこのフリーライターという職種、その実態はどんなものなのか謎な気がしませんか? いろんな人に会いに行けて楽しいんだろうかとか、ギャラはいいんだろうかとか、やっぱり寝ないで働いているんだろうかとか、普段なに食べているんだろうかとか、自分にもできそうな気がするんだけどとか……。そんな興味にお答こたえすべく、いま売り出し中のライター仲宇佐が、そのメランコリックな日々を日記で公開。はたしてその内実やいかに。

4月×日
 「で、もうかるんですか、ライターって?」と取材先の人によくきかれる。お金持ちのフリーライターにはお目にかかったことがない。ノンフィクションの賞をとった人でも、結構ビンボーだったりする。自分ひとりならともかく、家族のいる人はよくやっていけるなーと感心してしまう。実際、男の人は、奥さんが看護婦さんだったりして、ふたりとも働いていることが多いみたい。もし最初の会社にずっと勤めていたら、私も年収600万円くらいになっていたかもしれないけれど、今は遠く及ばない。ま、バブル社員としてリストラにあっていた可能性のほうが高いか。ライターで600万稼ごうとしたら、月に50万。1本2万5千円の原稿を20本書くことになる。つまり1日1本。企画を立てて、取材先を決めて、アポイントをとって、取材に行って書く。映画監督やミュージシャンに会うなら、過去の作品を見なおしたり、本を探して読んだりする時間も必要だから、毎日1本は相当しんどい。そもそもそんなに仕事がもらえるはずもない。前に取材したライターの下関マグロさんは年収1000万円だった。すごい。でもマグロさんは本も出しているし、名も知れてるから、作家というべきか。

4月×日
 そんなことを考えていたら、出版社から身分不相応なアンケートが送られてきた。私が前に取材させてもらった人の紹介で、「成功した人」に送っているという。アンケートの回答をまとめて『金持ち兄さん 金持ち姉さん』(仮題)という本を出すそうだ。とりあえず質問を見ると、「お金持ちになれたキッカケは何ですか」、「どのくらいお金持ちか、自慢たっぷりにアピールしてください」……。質問はまだ続く。「貧乏してたことはありましたか」、だから今がそうなんだってば。とにかく紹介者のために答えなくてはいけない。それに、答えたら1万円もらえるのだ。「お風呂は大理石でジャグジーがついているなど、住んでいる家の自慢をしてください」といわれてもねえ、うちは畳が昔のサイズで普通の6畳よりちょっと広い、くらいしかない。最後は、「お金持ちになりたい人に、どうしたらなれるか教えてあげてください」。やっぱり1万円はあきらめようかな。

4月×日
 ミュージシャンの小田和正さんに会いにいった。ウェブの仕事で、MSNの「ピープル」というインタビューページの取材。麻布の取材場所の入口でカメラマンと話していると、シルバーのセルシオがすべりこんできて、白いTシャツに白いパンツの小田さんが運転席から降りてきた。身のこなしが軽くて50代には見えない。今日は、オフコース時代のヒット曲をリメイクしたアルバム「LOOKING BACK2」の話が中心になるので、事前にテープをもらって、「さよなら」や「言葉にできない」を10年ぶりに聴いた。まっすぐな詞を澄んだ声で歌われると、自分は汚れちまったなあという気になる。目の前に現われた小田さんは、歌のイメージ通りさわやかだった。ところが席につくと様子がちがう。取材の趣旨を説明していると、うつむき加減で「おうっ」とか「あいっ」とか野太い声を返してくる。下町の親分風である。あの高い声はどこへいってしまったのか。しかも毒舌。こちらが心配になるくらいはっきり物をいう。振り子のようなもので、この毒舌があってこそ、逆のピュアさが極められるのかな。音楽専門でもないライターの私が知りたいことを汲んで答えてくれて、助けられた。過去の作品への歯がゆい思いとか、今リメイクする意味など、密度の濃いお話をきくことができた。
 夜、友人から電話。小田さんの取材をしたといったら、絶叫している。彼女は昔からのファンで、10代のころはオフコースを聴いてよく泣いていたそうだ。「会ったといっても仕事だからさ」といってもおさまらず、「なんであなたが会えて私が会えないのよ? えっ?」としかられた。

4月×日
 エッセイストの山口文憲さんが久しぶりの単行本『読ませる技術』を出した。文憲さんの本は『香港旅の雑学ノート』以来、ほとんど読んでいる。物を書く人は気合の入った人が多いけれど、文憲さんは力がぬけていて、私にはオアシスのような存在。文章の書き方なんて耳の痛い話なのに、例文がおかしくて一気に読んでしまった。

4月×日
 来た来た来た。陶芸の先生、ありがとう! 沖縄で初めて作った茶碗が送られてきた。配達のお兄さんまでまぶしくみえる。ドアを閉めるのももどかしく箱をあけると、茶色に緑のうわ薬がかかった茶碗が出てきた。シブい。思いのほかすばらしい出来である。ふふん。とはいっても、私はろくろで形を作っただけで、あとは先生がやってくれたのである。先生は20代半ばのおねえさんで、九州から沖縄の芸大に進学して陶芸を学び、沖縄の窯元に就職した。陶工をしながら、那覇市伝統工芸館で体験教室の講師をしている。私が参加した日は生徒が7人。1キロの赤土をわたされて、シーサー、お皿など好きなものを作る。できたら1週間くらい乾燥させて、先生がうわ薬をかけて焼いて自宅に送ってくれる。これで2500円(送料別)はお得。茶碗をひっくり返して眺めていたら、先生がていねいに仕上げてくれたのがよくわかって、じんとなった。私だったら「どうせトーシローの作ったものよ」とか思って適当にやっちゃうのに。岩手県から来ていた女性は、自作のシーサーの写真をメールで送ってくれた。これもかっこよかった。朝日新聞のマリオンというページに沖縄の工芸体験の記事を書く予定。

4月×日
 パソコン誌「ぱそ」で、元米米クラブの石井竜也さんの取材。フジテレビのイベントに出演したあと、となりのホテル日航東京にきてもらった。宴会用の小部屋を借りて写真撮影とインタビューをする。石井さんは人気者のオーラがビシビシ出ていた。銀ピカのスーツに全然負けていない。首にはトレードマークのアンモナイトのネックレス。彼がプロデュースしている広尾の「龍屋」という和菓子店では、アンモナイト形の最中が買える。茨城の実家はおまんじゅう屋さんだったそうだ。話してみると腰の低い礼儀正しい人である。パソコン誌の仕事なので、自らデザインしたノートパソコンを見せてもらった。外側はピアノのような黒い光沢のある素材で、石井さんが作った壁紙がインストールされている。中味は富士通の製品で今販売中だという。長身で金髪の石井さんはそれだけでも人目につきやすいのに、ときどき変装して映画館に行くそうだ。すべて終ってゆりかもめで新橋に戻ると夜8時。アエラの別冊で取材しているマンション賃貸の話をきくため、友人宅を訪ねる。物件探しは根性、という結論になった。

4月×日
 企業の環境報告書を手伝った。編集者は環境問題のプロ。週に一度、大阪から東京に出張してくるというので、「たいへんですね」といったら、「環境負荷が非常に高いんです」という。新幹線に乗るたびに、木を1本切り倒すのと同じくらい環境に影響を与えているそうだ。そんなこと考えたこともなかった。

4月×日
 マドンナやシンディ・ローパーの曲をカバーしたアルバム「Souls」を出した山下久美子さんにお話をきいた。場所は溜池の東芝EMIの会議室。双子を出産してシングルマザーになった山下さんは、幸せいっぱいだった。もう笑いがこぼれて止まらない様子。出産してから体調もいいそうだ。お肌がツルツルしている。終ってから、30代独身の女性編集者と「女の幸せ」について話す。赤ちゃんてそんなにかわいいのか。人類としての務めを果たした満足感なのか。ところでこういう取材では、父親はだれかといった質問は御法度になっている。プライベートには触れないでくれとか、この人の名は出してはいけないとか、事前に事務所の人からいわれることもある。

4月×日
 今年に入ってウェブサイトの仕事を頼まれることが多くなった。「モンスタードットコム」というアメリカの転職サイトの日本版ができることになって、2月に原稿を書いた。いつオープンするのかなと思っていたら、きょう編集者から電話があって、日本進出はとりやめになったという。原稿料はもらえるそうなので私はいいけれど、ずいぶん時間をさいて準備してきた編集者は気の毒。

4月×日
 新聞の「ことば」欄のために、市原悦子が出演した「徹子の部屋」を録画する。ドラマ「家政婦は見た!」はもう18年になるという。私も毎回見ているけれど、市原さんがぞうきんがけしていると、私はあの年であんなキツイ仕事ができるだろうか、と考えてしまう。体力だけはつけておこうと思う。市原さんは「色気も子供も貯金もない女がどうやって生きていくかを、一番大事にしているんです」といっていた。身につまされる。あの家政婦さんがもっとふけていったらどうなるか。雇ってくれるところはあるのか。家政婦紹介所を追い出されたら、アパートは借りられるのか。市原さんは作家の人と「これからが見所ですね」と話しているそうだ。ほんと楽しみにしてます。

4月×日
 このところ、明けても暮れてもパソコンに向っている。台所の小さな楕円形のテーブルに一日中はりついていて、食事も原稿書きもここ。歩くのはトイレまでの3歩と、ポストに新聞をとりにいくくらい。休憩時間のテレビだけがお友だちという毎日である。やってもやっても仕事が減らないのはどうしてなんだろう。プールに潜っているような息苦しさで、よく悪夢を見る。象に追いかけられたり、地下室に軟禁されたり。きのうは金縛りになった。肩がガチガチで動かない。右手がしびれている。叫ぼうとするのに声が出ない。やっとのことで出た声は「ぷー」。もっと気のきいた声が出せないもんかね。

4月×日
 ひと月半もこんな状態が続いているので、さすがに自分でもまずいと思いはじめた。いつも締め切りに追われている編集者の知り合いには、自律神経失調症になった人が何人かいる。私はかなり図太いほうだけれど、一応予防ということで、近所のマッサージ店にいってみた。「頭皮がこってますねー」とのこと。心配事があったり、考えすぎたりするとこるそうだ。呼吸が浅くて早いから複式呼吸をするようにともいわれた。複式呼吸が上手にできるように、歌を習いにいきたい。ほんとはダンスもやってみたい。歌って踊れるライターになってビキニでビーチにいくのが目下の野望。

4月×日
 今年も田植えの季節がやってきた。京都郊外の知人の田んぼで毎年体験させてもらっている。いろんな国の人が数十人集まって、ひざまで泥んこにつかって、手で植える。きれいに一列に植えるのがむずかしい。手伝いにきてくれる近所の農家のおばさんは、さすがはプロで、速いし列はきれいだし、見ていてうっとりする。最近は機械で植える農家が多いから、長年磨いてきた技も出番が少ないそうだ。田植えのあとはバーベキューをして、京都の街をぶらぶらして帰るのがいつものパターン。それが今年は原稿が終わらなくていかれなかった。この机から離れられるのはいったいいつのことだろう。