ライター仲宇佐のメランコリックな日常
2001年2月のダイアリー

仲宇佐ゆり

 フリーターという言葉もすっかり定着して、東大卒業してもフリーターになる人も少なからずいるという昨今、「プー」の別名とも言われたフリーライターという職業も、ものめずらしいものではなくなりました。でもこのフリーライターという職種、その実態はどんなものなのか謎な気がしませんか? いろんな人に会いに行けて楽しいんだろうかとか、ギャラはいいんだろうかとか、やっぱり寝ないで働いているんだろうかとか、普段なに食べているんだろうかとか、自分にもできそうな気がするんだけどとか……。そんな興味にお答こたえすべく、いま売り出し中のライター仲宇佐が、そのメランコリックな日々を日記で公開。はたしてその内実やいかに。

2月×日
 初めてカラーセラピーを受けた。私はセラピーもカウンセリングも占いも未経験で、内面をみてもらったことがない。今回も自分からではなく雑誌の仕事である。好きな色から心の状態をよむ英国生まれの手法だという。いくつか色を選んで分析してもらうと、のんびりやで瞬発力に欠け、働きすぎということだった。う〜んそうなのか。
 付き添ってくれた編集の人と帰りにお茶を飲む。来月広いマンションに引越すそうだ。今は私と同じ1Kに住んでいるらしい。去年はライターの友人も2DKに移った。やっぱり年相応のところに住むということなのだろうか。私はなぜかなかなか引越したくならない。このくらいの空間でちょうどいい気がする。掃除も楽だし、自分の持ち物は1Kに入るくらいの量がいいと思う。ここで一人暮しを始めたころは、夜、ウィーンという冷蔵庫の音でよく目をさました。実家は台所と寝る部屋が少し離れていたから、冷蔵庫がうるさいなんて夢にも思わなかったのだ。やがて慣れて平気になったけれど、もし次に冷蔵庫を買うことがあったら静かなのにしよう。
 帰宅して、有名人の言葉を再録する「ことば」の原稿のためにピーコさんの番組を見る。新聞の仕事。ピーコさんのお母さんは料理上手で、ピーコさんの先生のような存在だった石井好子さんのリサイタルがあると、お料理を作って持ってきてくれたという。「母は、ごはんを作ることが自分のできることだったんです。自分の一番得意なことで子供の先生につくしてくれた。私も何ができてだれの役に立てるのか、早くみつけないと母に悪いと思いますよね」。テレビで人を楽しませているだけでも、十分人の役に立っていると思うのに。

2月×日
 ライターの北尾トロさんが古本屋開業の顛末を書いた『ぼくはオンライン古本屋のおやじさん』がおもしろかったので、連載がのっている「ダ・ヴィンチ」を買う。一緒に『おこしやす』という本も買った。京都の老舗旅館で60年間仲居をしていた91歳のおばあさんが書いている。仲居に採用されたのは、自分が「おへちゃ」だったからだという。「ブス」といわれるとシュンとなるけれど、「おへちゃ」ならハハハッと笑ってごまかせそうな気がする。

2月×日
 パソコンを立ち上げながらテレビをつけたら、深田恭子主演のドラマ「鬼の棲家」を再放送していた。旅館の仲居がいじめぬかれる話なのだが、調理場で働く男たちを見たら、なんと劇団カクスコのメンバーではないか。私は毎回公演にいって笑わせてもらっている。テレビでもチームワークばっちり。むさい男ばかり6人の劇団は、今年で解散してしまう。メンバーのひとりが役者をやめて故郷に帰るからだという。自分はやっぱり俳優に向いていないと判断して方向転換するそうだ。同世代としては他人事ではない話。ひとりでもぬけたら解散というのはカクスコらしいけど、来月はカクスコがあるからがんばろう、などとはげみにしていた身には寂しい。

2月×日
 仕事がつまっているというのに、また「鬼の棲家」を見てしまった。このドラマを撮影中のケリー・チャンさんに会ったことがある。新聞の「流行解剖」という記事の取材だった。渋谷の東急ハンズの先にある渋谷ビデオスタジオの会議室で、「アジアからの芸能人」というテーマでお話をきいた。テレビの印象通り、目元のキリッとした美しい人。いつもは辛口のカメラマン(女性)も、もともとファンということで、ボーッとなっている。しかし私は苦戦していた。伊勢丹でのお買い物の話になると饒舌なのだが、「なぜ日本でお仕事をされようと思ったのですか?」「マネージャーが決めたから」「……」という具合。空気がよどみきっていたそのとき、だれかが勢いよく走ってきて、開いていたドアからのぞきこんだ。「ケリー!」という声の主は深田恭子さん。眼の力が強くて生き生きしている。ケリーも「キョウコ!」と叫んでたちまち笑顔になった。キョウコは「またねー」と手をふって去っていった。
 インタビューは苦戦のうちに終了した。原稿を出すと、編集者から書き直しを命じられた。テーマも質問の仕方もまずかったなあと反省していたら、しばらくして、週刊誌に安藤優子さんとケリーさんの対談がのった。読んでみると、やや似たようなかんじがうかがえてちょっぴりなぐさめられた。

2月×日
 「売れ筋ランキング」という記事の取材で、東京駅の大丸のお弁当売り場で話をきく。サラリーマンが新幹線に乗るときに使うお金は、2000円が相場だという。お弁当と缶ビール2本とスポーツ新聞が買える額だ。お弁当は、味付きごはんのものが売れる。なぜなら、おかずをつまみながらビールを飲み、あとからごはんだけを食べるからだとか。1位は、目黒のお米屋さんが作っている「逸品弁当」1300円だった。

2月×日
 棋士の梅沢由香里さんに会った。パソコン誌「ぱそ」の取材。棋士の生活はどんなものなのかきいてみた。毎週火曜日に師匠のところで研究会があって、水曜日に対局がある。あとは自分で研究したり、取材を受けたりしているそうだ。今、環境問題に興味を持っていて、4月から友人たちとサイトを立ち上げる予定という。
 夕食は、便器の開発をしている人とお好み焼き。去年、「サイゾー」という雑誌の取材でお世話になった方である。「飲み屋にいって、自分が設計した便器が付いてると涙が出るほどうれしいんだよね」という。店の人に「つまりませんか?」なんて聞くこともあるそうだ。以前、ライバル会社のショールームに連れていってもらったとき、ワイシャツを腕まくりして、いきなり便器の水の奥に手をつっこんだのには仰天した。水の流れ方を確認したかったらしい。展示品だからもちろんきれいなんだけど。きょうも同僚とそのショールームにいって、タンクをはずして部品をチェックしてきたそうだ。どう見てもあやしい客である。
 便器の世界は奥が深い。いかに少ない水できれいに流すか、形状は計算しつくされている。日本の便器は世界でも圧倒的にレベルが高いそうだ。さて、実験のとき便のかわりに何を流すか。ひとつはそっくりの形に削ったスポンジ。実物も使う。家では我慢して毎日実験室でする。「こんなことやってるの、世界に何十人しかいないと思うよ」。そうでしょうそうでしょう。私はひとつのことに深く取り組んでいる人に憧れる。プロってすごいなと思う。自分があちこちに首をつっこんで上辺をなでるような仕事をしているせいかもしれない。ちなみに、最近トイレによくつまるのは携帯電話だそうだ。

2月×日
 日曜日。「ダ・ヴィンチ」を持ってフレッシュネスバーガーへ。パラパラめくっていたら、作家の梁石日さんと藤沢周さんの対談がのっていた。先月、初めて対談の構成をしたので気になる。しかも担当しているのは好きなライターの永江朗さんである。研究しようと半ばまで読みすすんだとき、藤沢さんの「なるほど」という短いセリフにくぎづけになった。あやしい。対談記事はふつう、ふたりの会話を交互に書いていく。ここでは梁さんがちょっと長めのエピソードを話していて、その間に藤沢さんの「なるほど」がはさまっている。ひとりの発言があまり長くなると読みにくいので、本当はない合いの手をはさんだ、なんてことはないのだろうか。「なるほど」の前の梁さんの発言を数えてみると、きっちり20行なのである。こんなことを勘ぐるのも(すみません)、じつは自分が先月そういうことをしたからで、「なるほど」は、フンフンと聞いている雰囲気がでて便利な言葉だなあと思っていたのだった。

2月×日
 日刊ゲンダイの取材で、まんが喫茶に入る。思ったより雑誌がそろっている。コーヒー付き90分600円と料金も安い。ただ、なぜか男女で席が分れていて、男性は喫茶店風の広々したところ、女性は奥の図書館のすみみたいなところに案内される。不思議に思ってあとでゲンダイの人にきくと、24時間営業の店で、始発電車を待つ女性に声をかける男性がいたりして問題になり、男女別になったらしいとのことだった。なるほど。

2月×日
 ホンダのミニバン「ストリーム」を開発した方にお話を聞く。東洋経済ベンチャークラブの取材。車のことはさっぱりわからないので、にわか勉強した。4ドアセダンは年々売り上げが落ちていて、去年、4ドアセダンとミニバンの販売台数が逆転したという。ホンダの青山の本社は、昨年、大川総裁と訪ねて以来。子供のように嬉々として展示車をのぞきこんでいた総裁の顔を思い出した。

2月×日
 そろそろ確定申告の準備をしなくてはいけない。一年分の領収書を一枚一枚、項目ごとに分けて経費を計算する。領収書を見ていたら、この一年のいろんなことが浮かんできた。一番高かった買い物は、3万9千円の自転車。プジョーの赤で台湾製。あとは海外旅行もしなかったし、服もほとんど買わなかった。毎日会社にいくわけじゃないから、家ではヨレヨレのセーターにジーンズで過ごしている。それに取材先は毎回ちがうところなので、着た切り雀でもバレないのだ。最近は、物を買うよりへらすことに興味がある。いらないものを処分してスッキリ身軽になりたい。のろのろやっていたら午前3時までかかってしまった。

2月×日
 早朝、はうようにして運転免許の書きかえに行く。とっくに失効していて、あと一日で書き換えもできなくなってしまうところだった。前の免許は、友人たちと免許の見せ合いっこをしたとき、女スリ師とからかわれたが、今度の写真はかなりまともでうれしい。
 夕方、芝浦にあるドトールコーヒーのケーキ工場を見学させてもらう。工場といってもこじんまりしていて、一見ふつうのビルの二階にある。冷蔵庫の並ぶ廊下をぬけて、紙の帽子に白衣をつけてエアシャワーをあびると、やっと入場が許された。女性が多い。ゾウの鼻のような機械からモンブランのおそばがシュルシュルと噴出している。なめてみたい。巨大なオーブンのある部屋、飾り付けをするところ、箱詰めするところに分れて、てきぱきと作業が進められていた。女性たちにカメラを向けると、ちょっとはにかんだような表情になった。なんだかすがすがしくてキレイな人が多いなと思っていたら、あとで気が付いた。みんなお化粧をしていないのだった。カメラなんか向けられて本当はいやだったんじゃないかと思う。
 ここで作ったお菓子は、主にエクセルシオールカフェに出荷されている。味見をさせてもらったら、「きなこ」というケーキがおいしかった。きなこ味のスポンジにクリームとわらび餅がサンドしてある。というと不気味かもしれないけど、甘さ控えめで、冷たいわらび餅がピトッと口の中にはりつく感じがよかった。新聞の情報版に記事を書く予定。

2月×日
 品川駅の取材にいく。構内のカフェテリアに「品川」の名のついたラーメンがあったのでまずは試食。そのあとジャーナリストの先輩が教えてくれた屋台のラーメンを食べた。屋台は初めて。ゲンダイの仕事では、まんが喫茶、立ち食いそばと、毎週のように初めての経験をさせてもらっている。入る前は、お金はいつ払うんだろうとか考えて心細くなるのだが、意外とスムーズにいく。屋台は昔ながらの木造だった。おじさんが引出しをスルスルとあけると、麺の玉が行儀良くならんでいる。魔法のようだ。ちびたナイフでネギをシャッシャとけずり入れてくれた。650円。次は別の店でサンドイッチを食べた。さらに駅のホームで天丼を試すはずだったのだが、さすがにもう入らない。ラーメン2杯で音をあげるようでは、とてもフードライターにはなれないと思う。

2月×日
 翻訳家の岸本佐知子さんにお会いした。アサヒコムの女性向けサイト「532」の「働くワタシ」というページの取材。ジョン・アーヴィングやニコルソン・ベイカーの小説を訳している人である。OLからどうやって翻訳家になったか、というお話が興味深かった。会社員に向いていないと悟り、迷った末、翻訳を選んだという。好きなことで、しかも才能のあるものに出会える人はそう多くないと思う。つるはしを振るって鉱脈をガツンと掘り当てたような感じなのだろうか。いいなあ。岸本さんの『気になる部分』というエッセイ集も個性的でとてもおもしろかった。

2月×日
 ようやく土曜日。週末がくるとホッとする。取材も電話もないから、のんびり仕事ができる。しかしやらなくてはいけないことを書き出してみたら、11個もあった。きょうはいくつまでできるか。東洋経済と532の原稿を書く。

2月×日
 イランの映画監督の短い原稿を書く。取材したらその日に書いてしまおうと思うけれど、なかなか実行できない。いつも締め切り前にあわててやることになる。3月31日からキネカ大森でイラン映画の特集がある。見たいものが何本もあるので楽しみ。この一カ月は家にこもって仕事をしていることが多くて、映画もコンサートもごぶさたしている。

2月×日
 沖縄に取材にいけることになった。伝統工芸の職人さんに話を聞くという仕事で、12カ所を回る。電話をもらった日はうれしくて畳の上で小躍りしてしまった。きょうはアポ入れ開始。与那国島に電話をしたら、ときどきプツプツと音がとぎれる。台湾のすぐそばというから、ほとんど国際電話である。ひととおり終えたところで渋谷の東急ハンズへ。「売れ筋ランキング」のために、花粉対策グッズと防犯対策用品を見て回る。防犯アラームの製造元の人によると、工具で鍵をあけるピッキングの被害は、東京からどんどん地方都市に広がっているそうだ。

2月×日
 きのう買ってきた花粉用マスクの掲載用の写真を撮る。ベランダにカレンダーの裏を敷いてマスクを乗せ、はいつくばって撮影。だれかに見られていないことを祈る。