フィリッポのイタリアひとり歩き術
第20回 路面電車 Tram

フィリッポ・蔭崎

■路面電車のススメ

 最近、日本のある友人から「今になると、路面電車を廃止しないほうが、東京の交通事情にはかえってよかったと東京都の行政は考えているらしい」と聞いた。東京都は1964年の東京オリンピックのころから、交通渋滞のことなどを考え、つぎつぎに路面電車を廃止して、バスや地下鉄に切り替えていったとのことだ。
 ついでに当時の路線図も見せてもらったが、品川から日本橋、上野にむかう線、六本木方面から飯田橋方面にむかう線、神田方面から渋谷にむかう線、などなど、時間の効率はわからないが、なかなか便利で楽しそうだ。懐かしさではなく、純粋に楽しみとして、時間のことなど気にせずに、東京の街をのんびりと路面電車でながしてみたいものだ。
 イタリアにも路面電車はある。といっても、私が知っている路面電車が現存している街は、ミラノとローマとトリノぐらいのものだが……。
 3都市のなかではミラノのトラム(路面電車)がいちばん充実している。以前よりはだいぶ少なくなってきているとはいえ、ミラノっ子の足としてまだまだ大活躍している。 ミラノに行ったことのある人ならばおわかりだと思うが、街の中心部をくまなく走り、使いこなせればかなり便利だ。しかも、楽しい。
 実際その街で暮らす人にとっては、時間の都合で地下鉄やバスの方が利用しやすいということはあるかもしれない。しかし、そこは旅行者の強み。金はない人だって時間だけはありあまっているはずだ。トラムに乗らない手はないじゃないか。
 私は旅行先の乗り物は、トラム、バス問わず、できるだけ乗るようにしている。はじめて行った街ならとくに土地勘がつかめるし、ワクワクするし、地下鉄と違い外が見えるので、予想外なものに出会い、旅の楽しみが倍増する。
 しかしはじめての土地で、行き先のあてもなく、言葉もわからなければ、乗車するのはちょっと勇気がいるかもしれない。でも、ご心配なく、よほど夜遅くでない限り大丈夫。わからなくなって心配になったら同じ線の反対方面に乗って、戻ってくればいいんです。とくにトラムは線路があるので、その線路のどこかに行けば停留所がある。もちろんスリやひったくりの類はいるので、あまりボーっとしていたり、うっかり眠ったりするとちょっとしたトラブルにまきこまれることもあるが、車内に座っている方が外を歩くより危険は少ないはずだ。どんどん乗ってみよう。
 ただし、サッカーの試合がある日のサッカー場の近くを通るトラムには要注意。熱狂的なファンで混雑していることが多い。そしてうるさい。私の経験では、一昨年ローマでA.S.ローマ(去年、中田が所属していたチーム)のファンたちが車内で大声で応援歌を歌い、全員でピョンピョンと飛び跳ねたため、怒った運転士が途中で運転を放棄し、サッカーに関係のないお客さんまで全員降ろされてしまった。さらに試合後は2台前に出発していたトラムがファンたちの大騒ぎによるトラブルでエンコしてしまい、30分待っても復旧しないため、バス停を探して雨の中えんえんと歩いた。ミラノでは、「インテル・ミラノ」のファンが乗ったトラム(私も乗っていた)をオートバイや車に乗った、ライバルチーム「A.C.ミラン」のファンたちが取り囲み、ものすごい罵り合いがはじまり、一触即発といった雰囲気になったこともある。サッカーに興味のない人は、そういったトラムには近づかないほうが無難です。

■ミラノのトラム

 さて、ミラノのトラムだが、まずミラノでは観光客用に特別なトラムを走らせている。「チャオ・ミラノ号」といういかにも観光客向けといった名前だが、路線図を見るとそうバカにしたものでもない。
 スフォルツァ城の前、カステッロ広場を起点に、ドゥオーモ、サン・ロレンツォ・マッジョーレ教会、ナヴィッリョ運河、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会、フォンターナ広場、ポルタ・ヴェネツィア、共和国広場、マンゾーニ通り、スカラ広場、ガリバルディ・ブレラ地区と、ミラノの見所をほぼ全域カバーしている。しかも、6か国語によるヘッドホーン・サービス、乗り降りが自由ときている。起点から終点まで約2時間の小旅行。はじめてミラノに来て、手っ取り早く、効率よく市内観光をしたい人にはうってつけだ。
 ただし料金は3万リラ(日本円にして約1800円)かかる。高いか安いかは、人それぞれが考えるところだ。
 もっとお金をかけずに、簡単にトラムを楽しみたいという人にとってお薦めなのが29、30番のトラム。これは東京でいうところの山手線、大阪でいうところの環状線の路面電車版といったところだ。
 起点は共和国広場で、ポルタ・ヴェネツィア、チンクエ・ジョルナーテ広場、ポルタ・ロマーナ、ポルタ・ティチネーゼ、ナヴィッリョ運河、ポルタ・ジェノヴァ、ポルタ・マジェンタ、センピオーネ、ポルタ・ガリバルディとまわるのが30番、その反対まわりが29番となる。
「ポルタ」と名のついた場所をたくさん通っていることにお気づきかと思うが、これはイタリア語で「門」のこと。このトラムは、各所にこれらの門があるミラノの旧市街をぐるりと取り囲んだ環状道路の上を走っている。かつては、いろいろな方面からミラノにくる旅人たちを迎える入口だったのだろうか。
 29、30番のこの線は、下町から高級住宅地まで、やはりかなりのミラノのスポットをおさえている。庶民的なブエノス・アイレス通りの商店街、若い人たちに人気のティチネーゼ・ナヴィッリョ地区、ポルタ・マジェンタ付近の高級住宅街とおちついたショッピング・ゾーン、緑豊かなセンピオーネ公園、いま新しいファッション・スポットとして注目されているポルタ・ガリバルディ地区など、ミラノの楽しさが満載だ。
 しかも、1、2、3号線すべての地下鉄ともアクセスがよく、慣れて使いこなせるようになればかなり便利だ。
 そして、このトラムは、通常の市営交通なので、1500リラ(約90円)で最初に乗車してから75分間は何度でも乗り換えが自由にできる。また地下鉄やバスに乗り換えることもできる(ただし地下鉄は1回しか乗車できない)。好きなところで降りて、散歩して、また乗って、つぎのスポットへ向かう。もう一度戻るのだって簡単。歩きつかれたときにのんびり1周ずっと乗りつづければ約1時間。ちょっとした休憩にもなる。
 この29、30番のトラムは、きれいな新しい2両編成の電車を使用している。ミラノに行ったからには古い1両編成のトラムに乗りたい、という人。ご心配なく。まだまだミラノでは古い車両も現役でがんばっている。乗り心地はお世辞にもいいとはいえないが、木の窓枠といい、椅子といい、なんともいえずいい雰囲気。路面電車ファンはぜひお試しあれ。
 最後に注意をひとつ。けして1500リラを惜しんだり、面倒くさがったりして、75分過ぎても乗りつづけたりしないように。またいつでも乗れるように予備のチケットを持っていると便利だ。そして乗ったらすぐに、ガチャっと刻印を忘れずに。ほんのたまにですが検札にくることもありますので……。見つかると高ーい罰金が待っていますし、時間の無駄ですよ。私はよーく知ってます。えっ? 私じゃありませんよ、つかまったのは。ははは。