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■イタリア人のイメージ
「イタリア人はたいへんフレンドリーで、社交性に富み、陽気で人なつっこい」。イタリアの旅行ガイドブックには、たいていこのようなことが書かれている。これは事実だろうか? 無論いうまでもないが、ステレオタイプの見方であり、時と場合によるし、人による(イタリア語で「時と場合による」は「ディペンデ!」)。だいたいこれは裏返せば、「イタリア人はたいへんなれなれしく、ずうずうしくて、うるさい」となるかもしれない。こう思っている人も結構いるのではないだろうか。
かつて日本では、イタリア人といえば、「お調子もので、スケベで、オシャベリ」というイメージで語られ、「イタ公」などという蔑称まであたえられていた。欧米諸国のなかで唯一、バカにされた存在だった。なんでそうだったかは、まったくわからない。
いまでも「女とみれば、すぐにナンパしてくる」と強く信じられているようだ。日本にいるとぜったいに声をかけられないような輩が、
「このあいだあ、イタリアに行ったらあ、もう何人ものイタリア男に声かけられちゃってえ、すっごいしつこいのお、いやんなっちゃうう」
と、少しも嫌そうでなく 、声高に話しているのをイタリアン・レストランなどで耳にすることがある。しまいには、ニコニコしながら、
「それでえ、ひとりだけえ、あんまりい、しつこかったからあ、こわくなって1軒だけって言ってえ、つきあっちゃったあ。けっこお、かっこよかったしい」
などとのたまわっている。
おいおい、こわいのについて行ってどうすんだよ、とつっこんでやりたいが、まあ、どうやら需要と供給のバランスがあっているようだし、誰にも迷惑をかけていないのでいいのだろう。でも、ときにはイタリア男に扮するイラン人「カバチ君」だったりして、日本刀をつきつけられて襲われる、なんてこともあるので要注意です。
「女とみれば、すぐに声をかける」のは、イタリア男にとって、女性に対する礼儀なのだ、という説や、イタリア人はサービス精神が旺盛だからという説もあるが、真偽のほどは定かではない。
■イタリア人のサービス精神
さて、「イタリア人のサービス精神」だが、イタリアでサービス業に従事する、プロの真のサービスに接するとき、サービスの本質について、いつも深く考えてしまう。サービスっていったい何だろうか?
旅行中にサービスを受ける機会は、レストラン、ホテル、ショッピング、トゥーリスト・インフォメーション……と結構多い。とくにレストランは、サービスの良し悪しが、料理やレストラン全体のイメージを大きく左右してしまうので気になるところだ。
イタリアのレストラン・ガイドブック『ガンベロ・ロッソ』をみても、「料理」「ワイン」「雰囲気」「サービス」「その他のプラス・ポイント」の5つの総合点でレストランを評価している。サービスは、レストラン選びの重要なポイントなのだ。
レストランでは味の責任はもちろんシェフが、そしてサービスは、給仕人=カメリエーレが責任を負っている。このカメリエーレによってレストランの印象は大きく変わる。
以前に「レストラン」のところでふれたが、レストランとひと口にいっても、リストランテ、トラットリーア、オステリーアなど、いろいろなタイプがあって、サービスといってもそれぞれ考え方や持ち味が違う。高級なリストランテにも、家族経営のトラットリーアにも、気軽なオステリーアにも、それぞれの料理や雰囲気にあったサービスがある。それを司っているのがカメリエーレだ。味は別としても、ダメな店はたいていカメリエーレが悪い。私が思う良いサービスとは、その店の雰囲気にあった適切なサービスを提供してくれることと、客によってサービスの質を変えないことだ。
パルマの中心、ドゥオーモ広場に面してひっそりとたたずむリストランテ「A」は、入口を開いた瞬間から、気持ちのいい緊張感があった。
店内のインテリア、グラス、皿、ナイフ、フォークもシックで高級感がある。カメリエーレの応対は、もの静かでテキパキしている。服装は清潔で品がよく、店内を歩く姿は音もなく優雅だ。高級店ならではのリズム感がある。このリズム感に素直に身をゆだねると、ぐっと寛ぎ、居心地がよくなる。
ちょっと驚いたのは、カメリエーレが若いこと。ふつうこういったおちついた雰囲気のリストランテには、年季の入ったサービスを提供するベテランのカメリエーレがいるものだが、スタッフが全員若いのだ。しかし、料理の説明やワインの勧め方から、皿の運び方、下げ方、会計まで、どれをとっても出しゃばらず、威厳があり、丁寧で、完璧だ。
そして、もちろん料理も申し分なく、食事を楽しむことができた。
ミラノにあるトラットリーア「F」は、予約の電話をいれたときから、温かい好感の持てる対応だった。
ミラノの中心からタクシーで20分ほど離れた、街のはずれの大きな墓地へつきあたる大通りにぽつんと1件、青いネオンの「Trattoria」の文字がうかんでいる。店のつくりは古くて簡素だが、店内はきちんとみがきがかけられ、美しく使いこまれている。
ニコニコと最高の笑顔で向かえてくれたカメリエーレはお父さんと息子さんの二人、シェフはお母さんという家族経営だ。服装も普段着のままなのだろう、カジュアルで、まるで友人の自宅に招かれたかのようだ。
メニューを開くと、手書きで品数はそれほど多くない。それにミラノ周辺の地方料理が中心らしく見慣れない名前のものばかりだ。メニューを運んできた息子さんは、「それでは本日の料理ですが……」と、料理の内容をひとつひとつ説明してくれる。その説明は表情豊かで、食べることへの愛にあふれ、どれをとっても美味しそうだ。
料理の説明がすむと、つぎはワインの説明。自分で買い付けているため、説明はくわしく、具体的だ。こちらの好みを聞きながら、ピエモンテの赤を1本を選び出す。
料理の説明にしても、ワインの説明にしても、本当に楽しそうなところがいい。そういった気持ちは、客のほうにもぐんぐんつたわってくる。
お母さんの作る料理は、リストランテの料理とは違い、洗練とはかけはなれたものだが、どれもシンプルで飽きのこない、毎日でも通いたくなる味だ。
お父さんは、ご自慢のレコード・コレクションからとっておきの1枚を選びだし、食事の雰囲気を盛り上げてくれる。
まさにトラットリーアの力を再認識させられる一夜だった。
数カ国語を操り、歌うようにメニューを説明する、ヴェネツィアのリストランテ「C」のシニョーラ。ちょっと照れくさそうに店内を動きまわる、ローマのトラットリーア「I」のロバート・デニーロ似のカメリエーレ。大きな身体とやさしい笑顔が素敵な、パルマのトラットリーア「T」のマンマ……。イタリアでは良い店は、何年か振りに行っても同じカメリエーレがいる。かわったことといえば、少し歳をとったことくらい。いつもとかわらないサービスで食事を楽しむ手助けをしてくれる。
カメリエーレのダメな店は、店全体に落ち着きがなく、イライラさせられ、くつろげない。以前良い店だったのに、味もサービスもすっかりダメになっていることもある。そういう目にあえば、もう二度と行くことはなくなる。
サービスという仕事に誇りをもっている人の、プロのサービスは、本当に毅然としていて気持ちがいい。お気軽なアルバイトか何か知らないが、まったく商品知識のないチンピラ店員や、客によって態度をかえる慇懃無礼な勘違い黒服店員や、自分の仕事にプライドが持てない無気力店員に出会うたびに、サービスって、サービス業って何なんだろう……と深く考えてしまう。
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