フィリッポのイタリアひとり歩き術
第16回 イタリア鉄道2
Ferrovie dello Stato


フィリッポ・蔭崎

■うまく鉄道を利用するコツ

 これはイタリアに限らないことだが、ヨーロッパはおおむね鉄道が普及し、料金も物価から考えてみてもそれほど高くない。国内および近隣の国々への移動には鉄道がいちばん適していると考えている。
 国内ならいざしらず近隣の国々も、と思われるかもしれないが、例えば、鉄道でのミラノ、フィレンツェ間は316キロで(ちなみにローマ、フィレンツェ間も316キロ)、これをミラノから北に向かって移動してみるとほぼバーゼルまでとどく。バーゼルといえばスイス、フランス、ドイツの国境の町。陸つづきのヨーロッパは思いのほか近い。私がフィレンツェで知り合った、ジュネーヴ、チューリッヒの友人はおろか、ドイツのミュンヘンからもカールスルーエからもみんな電車で来ていた。さすがにドイツでもベルリンやスペインのバレンシアの友人たちは飛行機で来ていたけれど……。
 中部イタリアを旅行する人はとくに鉄道がおすすめだ。これに長・中距離バスを組み合わせれば鬼に金棒である。例えば、ボローニャに宿をとり、そこを拠点にすれば、パルマ、マントヴァ、フェラーラ、ラヴェンナなどの街に楽々日帰りで旅行が楽しめる。フィレンツェを拠点にすれば、シエナ、ルッカ、ピサ、アレッツォなどへの日帰り旅行が可能だ。この方法で旅すれば、移動するたびにいちいち重い荷物をえっちらおっちら運ばずにすむ。その街にどうしても宿泊したい場合は、拠点となるホテルに大きなトランクは預けて、宿泊する分の荷物だけ必要に応じて携帯すればだいぶ楽なはずだ。

 さてこの便利な鉄道だが、利用するにあたってはコツをつかんでおくとより快適になる。
 まずは切符を買うとき。駅に行って窓口で購入すればよいのだが、ミラノ中央駅、ローマ・テルミニ駅、フィレンツェ中央駅、ヴェネツィア・サンタ・ルチア駅といった、大きな、観光客の多い駅のチケット売場はたいへん混雑していると考えておいた方がよい。時間ぎりぎりに駅へ到着すると、ヒヤヒヤすることがある。最近は10年前にくらべると閉まっている窓口は少なくなったり、テクノロジーの進歩により、かなりよくはなっているが、万が一のことがあるので要注意だ。
 もっといいのは、行き先と乗る日が決まっていれば、前もって購入しておくことだ。べつにいちいち駅に行かなくとも、街中を観光しているあいだに旅行代理店を見つけたら、入り口に「F.S」というステッカーがあれば鉄道のチケットを扱っているので、そこで購入すればかんたんだ。
 イタリアでは通常、席を予約できるのは出発の4時間前までなので、出発の前日までにすませておけばこの問題も解決できる。また駅の窓口だと乗車券を買う窓口と席を予約する窓口が違う場合があって煩雑だし、切符の代金によっては、5万リラ札、10万リラ札といった紙幣だと、「おつりがない」とつっぱねられることがある。私も以前、ボローニャからフェラーラまで行くとき、混みあうシーズンだったので用心して20分前に駅に着いた。15分ならんでようやく自分の番になったところで、これをやられた。
「フェラーラまで二等席を2枚」といって5万リラ札をおくと、
「おつりがないからまえのキオスクで両替してきて」と窓口の駅員がつっぱねる。
 おつりがないわけではなくて、計算をするのが面倒臭いというのが本音なのだろうが、しかたがないので売店に行きチョコレート1個とって5万リラ札をわたすと、黙って受けとり、おつりをさしだす。もしかしてこれは駅ぐるみで売店でモノを買わす作戦なのかもしれない、とまで勘ぐった。
 発車まであと2分。ふたたび切符売り場を見ると長蛇の列だ。素直にならんでいては乗り遅れる。一か八かと思い、両替した札を手に持って窓口の駅員に振ってみると、それに気づいた駅員が私を呼び寄せ、切符を渡してくれ難を逃れた。列のいちばん前にならんでいた客が、「ほら早く俺に金を渡せ」「よし切符だ」と中継してくれたおかげもあり、時間どおり出発する列車に無事乗車することができた。それにしても、こういったときに限って定刻で出発するんだよなあイタリアの鉄道って。

 乗車券を購入する際にはいくつかの情報を伝えなければならない。当然のことだが枚数と行き先、そして一等席か二等席か、さらに席を予約するには、何月何日か、何時何分の列車か、禁煙か喫煙か、が必要になる。話すことが無理な場合は、旅行ガイドにそのイタリア語はかならず載っているので、それを紙に書いて見せるとよい。
 切符をいちいち購入するのが面倒ならば、ユーレイルパスのイタリア版、イタリア・レイルカードやイタリア・フレキシー・レイルカードという割引パスを事前に買っておけばと思われるかもしれないが、これはかなり鉄道を利用して移動しないことには元がとれない。2週間ぐらいの旅行だとよほど乗りこなさないと損をする。
 一等席か二等席かは、個人それぞれ意見のわかれるところだと思うが、私はここ10年ほど二等席にしか乗っていない。料金の差ほど席のグレードに差はないと思う。イタリアの列車はユーロスターという特急列車以外はどれに乗ろうと一等も二等もたいしてきれいではない。ユーロスターはどちらもまあまあきれいで快適だ。それで、例えばミラノ、ローマ間で日本円にして3000円ほどのちがいがでる。この3000円の差をどう考えるかはもちろん個人の問題だ。
 もうひとつ乗車の際に気を付けることは、切符にかならず打刻をすること。これは95年10月から導入されたシステム。それまでイタリアには改札というものがなく、車掌が車内で検札を行うだけだった。このシステムが導入されてからは、乗車する前にホームの端にある黄色く四角い機械に切符を差し込み打刻しなければならなくなった。発車後、検札の際に車掌に見つかると罰金をとられてしまう。これは故意ではなくてもゆるしてはもらえない。「そうか、忘れてただけなのか。でも残念だけど……」と同情はしてくれるが罰金は要求される。そして検札はほぼ間違いなくくると思っていたほうがいい。今までどれくらい電車に乗ったかわからないが、車掌が検札にこなかったのはただの1回しかない。

■車内の風景

 10年前とくらべて車内の風景はずいぶんかわった。いちばんかわった点は携帯電話。数年前に見たイタリアの雑誌によると、イタリア人の3種の神器は車、テレビ、携帯電話だそうだが、たしかに彼らはほんとうにその3つが好きだ。いちばんおそくに登場した携帯電話は、おそるべきいきおいで普及している。そして持っていることが自慢であるかのように、みんなどこでも電話をかけまくっている。
 イタリアでは電車の中での使用はマナー違反でもなく、医療器具にも影響をあたえないのか、かなりの人が電話をしている。いたるところで着信音が鳴り、「プロント(もしもし)」とか「チャーオ(やあ)」とか「コメ・スタイ?(元気?)」という声が聞こえてくる。まわりの乗客も不快そうにしている人はいない。どころか負けじと電話をしている。
 話していることはたいがいたいしたことではなく、「今、どこにいるの?」とか「今、なにしてるの?」とか「今日はどこかでかけるの?」などといったことが中心だ。
 イタリアの電話料金システムと月々の平均使用料をぜひ一度調べてみたい。

 これと同時に車内での仲間内のおしゃべりは減ったかといわれれば、そんなこともないと思うが、かつてイタリア鉄道の旅にかかせない、車内の名物とでもいうべき、知らない人にまで自分の食べ物を分けあいながらワイワイやる風景は、たしかにあまり見かけなくなったような気がする。
 もともとローマから北ではほとんど見ることのない光景だったが、最近では見知らぬ人に話しかけてくることさえ少なくなったように思う。話しかけてくるとしてもせいぜい年配者ぐらいで、若い人たちは各々雑誌を読んだり、ウォークマンで音楽を聴いたりしている。
 ローマから南、ナポリ方面へむかうと途端に、不思議とそういうケースがふえてくる。これもやはり年配者が中心だが、食べ物をわけてくれたり、興味深そうに話しかけてきたり、以前より減っているとはいえ、まだまだ見かけるし、体験できる。
 若い人でも子どもでも、ローマ以北にくらべると圧倒的に話しかけてくるし、話しかけたそうにしている。ときには持っているスポーツ新聞を指さして、「ちょっと見せてもらってもいいですか?」などと話の切っ掛けをつくってくる。
 最初のうちは少しずつゆっくりと話しているが、ものの30分もたてば、昔から親友だったかのように話している。先日も南にむかう電車の中でしばらく居眠りをしていたとき、あまりにガヤガヤするので目を覚ますと、さきほどまでおとなしく新聞を読んでいた年配の2カップルがものすごいいきおいで話をしている。何を話しているのかと思えば、「ナポリにくらべるとローマにはおいしいものはないがミラノよりはまだましだ」とか「ナポリのあそこのピザ屋はほんとうにおいしい」とか「ローマのポポロ広場の近くにあった何とかという名のレストランは行かないほうがいい」とか、とにかく熱心に食べ物の話をしている。
 またそのあとにボローニャからナポリ行きの電車に乗ったときも、前に座ったナポリ弁の女の子が、ちょっとでも目が合うと、「なに?」とか「どうかした?」と話すチャンスをうかがってくるのでおかしかった。つぎの停車駅フィレンツェでとなりにサレルノ出身という男の子が座ると、このふたり求めていたものが同じだったらしく、フィレンツェからローマまでの2時間あまり、一度も休むことなく話し続けていた。私はローマで降りたのでこのあとふたりがナポリまで会話を続けたかどうかはわからない。
 そういえばこのふたり、たった一度だけ会話がとぎれたことがあった。ローマ・テルミニ駅に到着して、私が降りようとすると、ふたり同時に私の方へ顔を向けて、
「チャーオ、ブォン・ヴィアッジョ!(それじゃ、いい旅を!)」
「グラツィエ、チャーオ(ありがとう、じゃあねバイバイ)」
 そう返事をすると、ふたりはニコっと私に笑顔をむけて、また会話にもどっていった。
 南の子ってこうやってなんか気を遣うんですよね。これって北と南の習慣のちがいなのか、人間性のちがいなのか、 いつも不思議に思うことです。