フィリッポのイタリアひとり歩き術
第10回 イタリア旅行 Viaggio in Italia(後編)

フィリッポ・蔭崎

■安全なローマ

 パルマでおいしい食事と美しいサッカーをたっぷり堪能した後、ボローニャで1泊して所用をすませ(所用といえば聞こえはいいが、どうしても行きたいレストランと買いたい靴があっただけなんです……)、11月3日金曜日、いよいよローマへ到着した。到着したのは今の陸の玄関口、テルミニ駅。映画『終着駅』の舞台となったあの駅だ。ちょうど1年ぶりにローマに来た。
 駅構内から五百人広場へ出てみると、ローマらしく空気がなまあたたかい。ローマは不思議とどの季節に来てもなまあたたかい。このなまあたたかさが、「ローマへ着いた」という私の実感だ。それと同時に、植えられている木や花をみると南部へ来たということも強く感じる。
 ホテルで荷物をおろし、身軽になって散歩に出る。最初に訪れる場所は、いつでも必ずパンテオン。1世紀に建てられたこの「万神殿」と、その入口の前のロトンダ広場はもっとも好きな場所のひとつだ。そして、広場脇にあるバール「タッツァ・ドーロ」でエスプレッソを飲む。 私のローマ散歩は、こうしてはじまる。
 ベルニーニ、ボッロミーニを代表とするバロック様式の建造物、カラヴァッジョの絵画、トラステーヴェレやヴェッキア・ローマ地区の街並、バルベリーニやナヴォーナといったたくさんの広場、7つの丘……ローマには私の愛してやまないのものがゴロゴロしている。だからぶらぶらと歩いているだけでも充分に楽しい。
 ただひとつだけ問題がある。ローマは世界で1、2を争うほど、スリや置き引き、ひったくり、つり銭ごまかしといった犯罪が多い都市なのだ。銃や刃物をつかった強盗の類は少ないが、つねに注意をはらっていないとすぐに痛い目にあう。悪名高き64番や81番のバス、地下鉄、観光の名所でひどい目にあった友人、知人は数知れない。
 とくに1999年12月24日のサン・ピエトロ大聖堂での「ポルタ・サンタ開扉」から2001年1月6日の「ポルタ・サンタ閉扉」までのジュビレオの期間は、世界中の巡礼者がローマを訪れる。こんなにおいしい時期を泥棒たちが逃すはずがない。大混乱は必至だ。 散歩、ショッピング、観光、いずれも油断は禁物。
 ところが、である。パンテオンからスペイン広場、コンドッティ街、コルソ街、 ポポロ広場、リペッタ街、ナヴォーナ広場と街の中心部を歩いていても、いつものローマにあるような危険なにおいがいっさいしないのである。たしかにものすごい観光客の数。街は人、人、また人の波にごった返している。しかし、みんな安心してローマの滞在を楽しんでいる様子だ。
 よくよく観察してみると、街の要所、要所には警察官がきちんと配置され、さらに「ボランティア」と書かれたゼッケンをつけた人々がいたるところに存在している。どうやら、このジュビレオの期間だけは、ヴァチカンの威信にかけても巡礼者を犯罪から守るといった強い意思が感じられる。こんなに緊張感のないローマははじめてだ。
 また、どこを歩いても修復中のところがなく、すべてのものが見られるのだ。ローマはいつ来たって、どこかはテントで覆われ、修復で中にはいることができないというのがふつうだ。それがまったくないなんて……。
 このローマらしくない姿は、このあとも続々と登場して私を驚かせる。

■巡礼とサッカー

 翌4日土曜日、巡礼の開始。まずはテルミニ駅近く、エスクィリーノの丘に建つサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂へ。聖なる扉「ポルタ・サンタ」を中心に多くの巡礼者であふれている。どうやらイタリアの田舎から来ている団体さんがほとんどのようだ。皆、「ドゥオモ旅行社」という旗を立て、おそろいのスカーフを巻き、旗の動く方向にいっせいに移動している。
 この「ドゥオモ旅行社」のツアーは、ものすごくたくさんの団体をローマに送り込んでいるようで、至る所で「ドゥオモ旅行社 No.6」「ドゥオモ旅行社 No.29」「ドゥオモ旅行社 No.82」などと書いてある旗を持つ団体に遭遇した。
「ポルタ・サンタ」をくぐり、拝礼をすませると、近くにあるチケット・ショップに、夜8時30分からのサッカーの試合、ラツィオ対ボローニャの前売券を買いにいく。ちなみにイタリアでは、前売券のほうが当日券よりも高い。たとえばこの日のゲームでいえば、私が選んだ席のチケット代は6万リラ。前売券ならば、それに5000リラがプラスされる。この5000リラが払いたくなければ、試合開始の2時間前から当日券がスタジアムの窓口で発売になるので(ただし、前売で売り切れていたら当然発売されない)、そこで求めればよい。
 さて、夜の準備もできたので、次の巡礼の地、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂へ向かう。と、そのとき、いままでのローマにはなかったモノに気がついた。見たことのないバスが走っているのだ。
 ツーリスト・インフォメーションで確認してみると、これは、ジュビレオにあわせて開通された「Jバス」という民営のバスらしい。J2からJ9までの8路線が運営されている(なぜか1がない)。これが観光客にはとても便利なバスで、ほとんどの名所・旧跡をカバーしているし、市営バス「ATAC」とは切符が異なるのですいているし、だからスリはいないし、きれいだし、エアコンつきだし、と快適なのである。難があるとすれば、まだ切符を売っているところが少なく、それを探すのがたいへんなことくらいだ。1回券を買うと1900リラ(ATACはバス・地下鉄共通で1500リラ)だが、1日券を買えば4700リラ(ATACはバス・地下鉄共通で6000リラ)、面倒なので1日券を買って、いろいろな路線を試してみた。ちょっとしたローマ観光が楽しめる。しかし、ジュビレオが終わったあと、運営されるかどうか決まっていないということだったので、どうなるのだろうか。


ラツィオ対ボローニャ戦のチケット

「Jバス」のガイドと1回券
1900リラ、1日券4700リラ
 話はすこしそれたが、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂に到着。この大聖堂は、もともとは4世紀初めにコンスタンティヌス帝によって建てられ、ヴァチカンに教皇座が移るまで長年カトリックの中心だったところで、現在でもローマの司教座はここにある。
 サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂よりもさらに多くの巡礼者が集まり、「ポルタ・サンタ」にも長い列ができている。広場ではワイワイとにぎやかに記念写真を撮る人、はぐれてしまい大声で仲間を探す人、巡礼疲れでぐったりとした年寄りと子どもたち、などなど、まさにカオス状態だ。向かいにある「スカーラ・サンタ」(聖なる階段)は、跪いてのぼらなくてはならないため、さらに長蛇の列ができている。「何事も苦労はともなうもの。巡礼するのも簡単ではない」と、神が試練を与えてくださっているのだ、なーんて思っている人もいるんでしょうね、きっと。
 とてもではないが1日でまわりきれるものではないとわかり、残り2つは翌日にまわすことにして、夜のサッカーのために体力を温存する。
 とりあえず大好きな地区トラステーヴェレに行き、うまいものをたらふくいただいた後、ホテルでひと休み。
 夜、サッカー観戦のため、スタディオ・オリンピコへ行く。さすがにパルマにくらべると警備の人たちがたくさんいる。場内はすでに発煙筒をたくなど、熱い応援がはじまっている。地元ラツィオにしてみれば、昨シーズン、ひさしぶりにチャンピオンに返り咲いたが、今シーズンはちょっと不安な立ち上がりをみせている。それに加えて永遠ライバルA.S.ローマ(中田のいるチームです)が首位にいるので、どうもサポーターたちはイライラしているようだ。
 私個人はチームとしてのラツィオにも興味はあるが、今回は3日前に観たパルマのファビオ・カンナヴァーロとともにイタリアのディフェンスの要である、アレッサンドロ・ネスタが目当て。
 ラツィオの守備は典型的なライン・ディフェンス。 そしてそのラインの上げ下げをきちんと統率するがセンター・バックであり、キャプテンであるネスタの役目だ。ときどきラインを上げられずに残ってしまうミハイロヴィッチなどがきびしい叱責をあびていた。うーん、パルマの守備とはまったく違う。しかし、これが不思議とネスタとカンナヴァーロが同じチームになるイタリア代表では、2人は何の問題もなく息の合った完璧な守備をしている。
 試合は一方的なペースで、2対0でラツィオの勝ち。ベロンの文字どおりキラーパスをクレスポがきめたビューティフル・ゴールも観ることができたので大満足。
 試合後、市電でポポロ広場までもどると、すでに11時。以前ローマっ子の友人から、夜8時を過ぎたらあぶないから街を歩かないほうがいいと言われたし、たしかにローマでは8時を過ぎると人通りが少なくなるので注意をしていたが、今回驚いたことにたくさんの観光客が夜の散歩を楽しんでいる。これもまたジュビレオの恩恵なのか、いつものローマにはない風景だった。


サンタ・マリア・マッジョーレ
大聖堂の正面入口


サン・ジョヴァンニ
・イン・ラテラーノ
大聖堂の「ポルタ・サンタ」
■生で見たローマ法皇

 翌5日、巡礼のつづき。まず街の中心からはすこし離れた地区にある、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂へ行く。19世紀に火災のため立て直されているので、ローマの聖堂にしてはずいぶんと新しい感じがする。ここの広場でも「ドゥオモ旅行社」の巡礼ツアーの面々が疲れはてて腰をおろしているため通路がとおりにくく渋滞している。やっとたどりついて「ポルタ・サンタ」から内部に入っても、中は中でとても身動きがとれる状態ではない。しかたがないので早々に退散した。
 サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂からヴァチカンまではJ4のバスで行けることがわかり乗り込む。これはほんとうに驚くほど便利なのだ。このバスがなければここからヴァチカンに行くには地下鉄を乗り継ぐなど、もうすこし面倒くさいし、時間もかかる。
 ヴァチカン付近でさらに驚いたのは、いろいろなところに仮設の両替所、トイレなどが用意されている。まさに至れり尽せり。ローマに着いて3日しかたっていないが、おそるべきヴァチカンの実力をみせつけられた気がした。
 ヴァチカンの中心サン・ピエトロ広場は、回廊のところに空港にあるような金属探知機やX線の設備が用意されていて、内部に入る人間は厳重にチェックをうけるシステムになっている。それもそのはずで、そのときサン・ピエトロ広場ではジュビレオの記念行事が行われていて、中央の特別席にはサン・ピエトロ大聖堂のファサードを背にローマ法皇が座り、全世界に向けて、いろいろな国の言葉でメッセージをおくっている。うーん、はじめて見る生パパ。お顔なぞめったに拝めるものではないだろうからと思って懸命に目をこらしてみましたが、遠すぎちゃって、いるなってことしかわかりませんでした。半生パパといったところか……。

 翌日イベントが済んでから最後の巡礼のため、ふたたびサン・ピエトロ大聖堂を訪れた。さすがは総本山(カトリックなのに総本山っていうのかな?)、混みかたが他の3つの大聖堂とは違う。「ポルタ・サンタ」にならぶものすごい人の数、しかもかなりの雨。 結局、列の最後尾についてから中に入るまで30分以上かかった。
「ポルタ・サンタ」の付近はさらに混雑していて、押すな押すなの大騒ぎだ。どこの「ポルタ・サンタ」でもくぐるときには皆、跪いたり、十字をきったりするものだが、ここではうしろからぐいぐい押されるものだから、ゆっくりと祈りをささげることができない。くぐるまえに扉のところで立ち止まろうとすると、抵抗むなしく、静かに祈りをささげるどころか、「アー」「キャー」と叫び声をあげながら押し出されていく。今日のためにお金をためて、やっとのことでここに来ただろう巡礼者たちは、あまりのことに皆呆然としていた。あまりの不条理ぶりに、もうしわけないが笑いを我慢するのがたいへんだった。
 夕方、サン・ピエトロから大好きなコーラ・ディ・リエンツォ街を散歩しながら、街の中心へもどる。えっ、何のためにかって? それは、無事に巡礼も終えたことだし、心おきなく買物をするためです。フ、フ、フ、フ。
 ジュビレオが終わっても、こんなにゆっくりと安全にローマの街が散歩できるといいのだけれど、まあ無理でしょうね。

 翌朝、後髪を引かれる思いで、タクシーに乗り、レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港に向かう。ユベントス・ファンの運転手と時折サッカーの話などをしながら約30分、出発ロビーに到着する。料金は荷物代など込みで8万5000リラ。チップ込みで9万リラを「おつりはいらないよ」と言いながら支払う。運転手も満面の笑みだ。
 そして荷物を持ち、行こうとしたその瞬間、運転手が「すいません、4万5000リラしかもらってませんが……」と言って、1万リラ札4枚と5000リラ札1枚を見せる。いつのまにか、5万リラ札が5000リラ札にすり変わっている。
 やられた、と思ったが、できるだけ落ち着いたきびしい口調で、「ちゃんと払ったよ!」というと、ポケットをゴソゴソとさぐり、ヘラヘラ笑いながら「あっ、もうしわけない、ありました」と5万リラ札を取り出す。
 いけない、いけない。コイツらに金を払うときは、「はい、5万、6万、7万、8万……」と数えながら1枚1枚わたすのが鉄則だった。あまりにも快適なローマ滞在だったのでつい油断していた。ローマはやっぱりローマなんだ。

サン・ピエトロ広場で行われた
ジュビレオの記念行事

サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ
大聖堂の「ポルタ・サンタ」