フィリッポのイタリアひとり歩き術
第9回 イタリア旅行 Viaggio in Italia(前編)

フィリッポ・蔭崎

 ちょうど1年ぶりにイタリアへ行ってきました。今月と来月の2回にわたって、イタリア旅行記をおおくりします。えっ? 他人の旅行話なんて聞いても腹立たしいだけでおもしろくないって? まあ、そういわずにおつきあいください。

 今回の旅の目的は大きくわけてふたつ。ひとつはサッカーの観戦で、とくに今もっとも旬のディフェンダーをこの目でしっかりと見ておこうという計画。もうひとつは、今年西暦2000年は、キリスト教でいうところの大聖年(イタリア語ではジュビレーオ)なので、ローマの4大聖堂を巡礼すること(ちなみに私の洗礼名は「フィリッポ」です)。
 サッカーと巡礼という、まったく異なった目的を一度にすませながら、旨いモン食って、ちょっと買物をして(本当にちょっとか?)、という聖と俗がまざりあった、なんだか大胆で罰当たりなプランを立ててしまったわけです。

■さらばフィレンツェ

 10月28日土曜日、12時30分発のアリタリア航空789便でミラノへ、そして1696便に乗り換えフィレンツェへ入る。めずらしく、ほぼ定刻に出発し到着したので(去年なんて9時間遅れて、ミラノの空港内に足止めされたからね)、フィレンツェに到着したのは同日の21時30分(日本時間で29日の早朝4時30分)ころ。成田を出てから約16時間の道のりだ。
 今回の旅では、フィレンツェにはとくに目的はなかったのだが、以前に生活をしたこともあって、ちょっとなつかしくもあったし、しばらく「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」を食べていなかったのと、フィレンツェに行ったら買おうと決めていたものがあったので、久しぶりに訪れてみた。
 しかし、空港からホテルへむかうためにタクシーに乗った瞬間、「フィレンツェに来た」ということを実感した。なんともいえない素っ気なさ、それほど露骨にではないが観光客は嫌いといった態度が、そういう気分にさせる。この実感は、のちに銀行に両替に行ったとき、電車の切符を買いに行ったとき、買物をしたとき、いろいろな場面で感じることになる。
 後になって思えば、なつかしさなんかに負けずに、さっさとミラノで降りて、ゆっくりと旨いモンにでもありついていればよかった。やはりフィレンツェは肌にあわない、と再認識してしまった。
 たしかに街は美しいと思うのだが、ホテルは質のわりには料金が高いし、料理もまずいわけではないが、他の街にくらべるとワクワクすることも少ない。そして、それよりなにより「人」だ。どうもフィレンツェの人、もうすこし広くトスカーナの人とは相性が悪いようだ。親しくなるととことん親切にしてくれるとのことだが、旅行者や一時滞在者のような他所者を受け入れることができない、人間の狭さのようなものを感じてならない(もちろん親切な人──ポンテ・ヴェッキオ近くの陶器屋さんのおねえさんのように──もたくさんいるのだが、イヤな思いをすることがあまりにも多い)。今回の滞在で、これまでにトスカーナで受けたイヤな思い出がいろいろと頭をよぎってしまった。
 というわけで、ホテルに到着後は、ミラノの空港でトランジットの際に仕込んでおいたワインを飲んで、さっさと寝てしまった。

 翌29日日曜日。ローマで、大聖年を記念して、昼の12時30分からイタリア代表対セリエA外国人選抜のサッカーの試合があるらしい。2時間半かけてローマまで行こうかと悩んだが、切符をとれる保証もないし、テレビでも放映されるとのことなので、ホテルのテレビで観戦することに決める。
 午前中はまず足ならしに街の中心部を散歩しながら、「ラ・スペーコラ」に行く。ここはフィレンツェ大学医学部付属の博物館で、動物、昆虫、魚類、鳥類などの剥製、標本、18世紀に作られた人間の内臓のしくみがわかるロウ人形などの解剖断面が展示されている。
 とてもリアルなので、ちょっとグロテスクな感じもするが、所蔵の多さには驚かされる。ライオン、トラ、サイ、マントヒヒ、トド、コンドル、オオカミ……たいていの生き物がそろっている。
 日曜日ともあって、おとうさんたちが子どもをつれて、説明をしながら展示品を興味深そうに見て回っていた。
 ホテルにもどり、テレビでサッカー観戦。いやあ、わざわざローマまで行かなくてよかった、よかった。会場のスタディオ・オリンピコの観客席の中央にはドーンと、ローマ法皇(イタリアではパパと呼ばれている)のための席がこしらえられていて、ローマ法皇のために行われる、スポーツというよりもヴァチカンが主催するキリスト教のイヴェントといったものらしい。「ヴァチカンはサッカーを公認する」というメッセージを全世界にむけて発信したかったのだろうか……。
 午後は何をするということもなく、バスに乗って主要部をぐるっとめぐったり、街中をぷらぷらと歩きまわったりする。驚いたのは、日曜日だというのに多くのお店が営業していることだ。クリスマス前ならいざしらず、こんなことは以前にはなかった。さすがのイタリアも観光収入を上げるため、ルール変更を余儀なくされているのだろうか。
 夕食は当初の予定通り、キアーナ牛を豪快に炭火で焼いた「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」。やはりステーキはこれに限る。外側はこんがりと完璧に焼かれ、なかはベリー・レア。となりの席のドイツ人が、私の前に置かれた肉の塊を見て「ビューティフル!」と目を輝かせていた。ただしあまりに量が多いので、冷めないうちにいただくのが一苦労だ。地元トスカーナ産の赤ワインを片手にぐいぐいやる。


「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」が名物のレストラン。

シエナの中心「カンポ広場」
 30日月曜日、シエナに日帰りで行く。フィレンツェから直通バスで1時間半ほどのところにある小さな中世の街だ。街の中心にある貝殻の形をしたカンポ広場は、「世界一美しい広場」ともいわれている。
 この街、そしてこの広場のファンはとても多い。本当に美しい場所だと思う。あたたかな日はのんびりと広場に腰をおろしていると、ただそれだけで気持ちがいい。
 そんな美しい街なのだが、どうも私にはいい印象があまりない。以前、事情があって10日間ほど滞在したことがあるが、そのときに受けたセネーゼ(シエナっ子)たちからの差別の数々がわすれられず、とても暗ーいイメージがある。
 では、なんでそんな街にふたたび行くのかと、お思いでしょう。本当にそんなイヤなところだったかどうか確認に行ってみたかったのだ。
 では、行ってみてどうか。短時間の滞在だったのではっきりしたことはわからないが、ひとつだけいえることは、もう当分行くことはないだろう。

 フィレンツェならびにトスカーナ地方ファンのみなさん、気分を害したことでしょう。もうしわけありません。もうしばらくは、足をむけないようにしますので、どうかお許しください。
 明日は、いよいよ第一の目的の地であり、大好きなエミリア・ロマーニャ州のパルマだ。ほっ。

■パルマの虜

 31日火曜日。朝早くフィレンツェを脱出。9時13分の電車でパルマにむかう。
 パルマとはスタンダールの『パルムの僧院』の舞台パルムのこと。そのほかパルメザン・チーズ(パルミジャーノ)、生ハム(プロシュート)の産地としても有名だ。
 パルマに行く目的は、翌11月1日に行われるパルマA.C対A.Cミランのサッカーの観戦、とくにもっとも好きな、イタリア代表にはなくてはならないディフェンダー、ファビオ・カンナヴァーロのプレーを見るためだ。昨年の得点王、ミランのフォワード、シェフチェンコをいかに抑えるのか楽しみだ。それにミランにも旬は過ぎたとはいえ、イタリア代表として歴代トップのキャップ数を更新中のキャプテン、パオロ・マルディーニやデメトリオ・アルベルティーニの凄腕ベテランもいる。興味はつきないところだ。
 ミラノのサン・シーロやローマのスタディオ・オリンピコなら8万人以上収容できるので、ほとんどの場合当日券で大丈夫なのだが、パルマのスタディオ・エンニオ・タルディーニは2万9000人しか収容できないし、相手が人気チームのミランなので、前売券を買うため前日にパルマ入りすることにした。
 パルマに着くとあいにくの雨。チケットの販売は午後3時からとのことなので、街になれるためしばらく散歩をしていると雨がどんどんひどくなっていく。時計を見ると、もうそろそろ昼食の時間なので、一軒の書店に入り、パルマのガイドブックを立ち読みしてレストランを選ぶ。
 ガイドブックに記載されている住所をたよりに行ってみると、ドゥオモ広場の脇に小さいがなかなか高級そうなレストランがある。なかに入ると、高級そうではなく、高級なレストランだということがわかった。来ている客層はみんなあきらかにお金持ち風だ。
 メニューをみると伝統的なパルマ料理がならんでいる。季節柄、白トリュフのタリオリーニ(パスタの種類のひとつ)があるが、時価と書かれている。値段を聞くのも気がひけたので、プリモには名物のカボチャのトルテッリ(パスタの種類のひとつ)、セコンドには牛フィレ肉と生ポルチーニを焼いて、赤ワインのソースをかけたものをとる。
 パルマの料理らしく、すこし重めではあるがどれもおいしい。それに給仕する人たちのサービスが完璧だ。静かで、でしゃばらないし、気がきく。身のこなしはしなやかで迅速だ。レストラン全体の雰囲気が料理の味も引き上げている。これに地の赤ワインを飲んで、代金は3000円ほど。また行きたい店だ。
 夕方、運よく雨もあがったのでスタジアムまでチケットを買いにいく。スタジアムは街の中心から歩いて15分ほどのところにある。
 窓口にならぶと、ひとりの若い男が、
「チケットを買うの?」
 と話しかけてくる。ダフ屋か何かかなと思い、ほおっておくと、
「明日用事ができて行けなくなったのでチケットを買ってくれないか」
 と再度話しかけてくる。困った顔をしていると、真意がわかったらしく、自分でチケット売り場の窓口の女性に、事情を話している。するとチケット売り場の女性も、
「もし、お望みの席と同じだったら買ってあげてください」
 という。どうやら、偽チケットでもダフ屋でもないらしい。それでは、ということでそのチケットを購入することにした。それにしてもチケット売り場の人から頼まれるなんて、なんとも大らかな話だ。
 別れ際何度も何度もていねいにお礼をするのを聞いて、疑って悪かったかなとすこしだけ思った。

パルマの街の中心部

パルマ対ミランの入場券。
14万リラ(約7000円)
 11月1日水曜日。この日はイタリアでは「諸聖人の日」(トゥッティ・サンティ)という祝日。きのうとはうってかわっての大晴天。雲ひとつない青空が広がっている。
 まずは、街の中心にあるドゥオーモ、洗礼堂、ファルネーゼ劇場などを見てまわる。前から歩いてくるパルマっ子たちが、「今日は、シェフチェンコを抑えることができるかな」などと、夜8時30分から行われるサッカーの試合の話に早くも華をさかせている。
 パルマには5年前に一度訪れたことはあるのだが、そのときはボローニャからの日帰りだったので、あまりのんびりすることができなかった。
 今回ゆっくりと滞在してみると、いやー本当にいい街です。落ち着いていて、危険な感じはいっさいしないし、人々は親切だし、食べ物はおいしいし、いいサッカーチームを持っているし、いいことずくめ。引っ越してきたいくらいだ。
 街内見物の後、きのうとは別のレストランを選び、2時間以上かけてゆっくりと昼食。午後は、夜のサッカー観戦にそなえて、一度ホテルにもどってシエスタ(昼寝)。ワインもまわって、ぐっすりと眠る。
 夜7時30分、スタジアムへむかう。スタジアムのまわりはもう人でいっぱいだ。ローマでもミラノでもロンドンでもマドリッドでも、スタジアム付近は、ダフ屋や警官やスリや熱狂的なサポーターであふれかえっていて、うさん臭く、危険なにおいがするものだが、ここパルマのエンニオ・タルディーニにはそういった雰囲気がいっさいない。入口の荷物検査やボディチェックなどもない。
 席につくと、驚いたことに、パルマのサポーター席にもかなりミランのサポーターがいる。こんなことは、ミラノやローマ、フィレンツェのスタジアムでは考えられないことだ。去年、ミラノのサン・シーロへインテル対ラツィオの試合を見にいったとき、別のチームのサポーターが罵声をあびせられながら、追い出されるのを目のあたりにしている。それはそれは凄まじい勢いでたたきだされていた。それがここでは、平気でミランのマフラーを巻き、ミランの選手に声援を送っているのだ。
 すぐ後ろの席から「ファビオー!」と、わがファビオ・カンナヴァーロに女性の声援が飛ぶ。後ろをふりむくと、とっても美型の女の子。おもわず目があうと、「あなたもファンなの」とばかりにニコッと笑顔をむけてくれる。ところがとなりに座っている彼女のボーイフレンドは、かなり熱狂的なミラン・ファンなのだ。これまでに経験したことがないほどのんびりとしたスタジアムだ。もちろんいいことだと思うけれど……。
 ピッチの上ではパルマ、ミラン両チームとも試合前の練習をしている。ここエンニオ・タルディーニはサッカー専用スタジアムなので陸上トラックがなく、観客席からピッチまでの距離が近く、とても見やすい。
 キャプテンのマルディーニを先頭に、きちんと統率のとれたミランの練習ぶりは、まさにエリート集団といった感じだ。それにくらべ、地元パルマは、なんだかみんなぷらぷらした感じで、まとまりがないように見える。このまとまりのなさは試合がはじまってもずっとつづく。
 ミランの組織された守備や攻撃にくらべて、パルマは守備にしても、攻撃にしても、個人が個々の能力でバラバラに動いているように見える。守備ではカンナヴァーロとフランス代表のテュラム、イタリア代表のゴールキーパー、ブッフォンが中心となって、個人の力で守り抜く。攻撃もシドニーオリンピック金メダルの立役者、カメルーン代表のエムボマ(ガンバ大阪にいたあのエムボマです)の圧倒的な身体能力を中心に、やはり個々の力で攻める。
 いまどきこんなサッカーで勝てるのかな、と思っていたが、結果はエムボマがあげたふたつのゴールを、タイトなディフェンスで守りきり、勝利をあげた。シェフチェンコをはじめ、ミランの攻撃陣は完璧におさえこまれた。
 テレビで見ているとなかなかディフェンダーの動き方というのはわかりにくいものだが、じっさい見てみると、チームによっても、また個人によっても違いがあっておもしろい。誰が何といおうと(たとえばヨハン・クライフ)、やはりイタリアの美しいディフェンスを見るのは至上の喜びだ。
 試合が終わると10時半を過ぎている。夜のパルマの街を散歩しながらホテルへもどる。また、ぜひこの街にサッカーの試合を見にきたいものだ。

パルマのスタディオ・エンニオ・タルディーニ

ファルネーゼ劇場の入場券。
4000リラ(約200円)