フィリッポのイタリアひとり歩き術
第8回 ショッピング
Spese


フィリッポ・蔭崎

■買物のルールとマナー

 では、せっかくイタリアまできたのに、買うものがないといろいろ店を見てまわれないのか。
 前回述べたように、これはあくまでもイタリア人の習慣なので、もしも実際に店に入って商品を見たい場合は、必要最小限のイタリア式ルールとマナーを守れば、お互い不愉快な思いをすることはない。

 お店に入ったら、まずは挨拶。イタリアでは、もっとも基本でもっとも大切なことだ(でも、日本では、スターバックスやマクドナルドでいきなり「こんにちわ」って言われると何か違和感ありませんか? やっぱり日本語では「いらっしゃいませ」だよな)。
 午後3時か4時くらいまでは「ブォン・ジョルノ」、それ以降だったら「ブォナ・セーラ」。店員も必ずそう挨拶をするはずだ。そしてここですかさず「ポッソ・ヴェデーレ・ウンポ?」(ちょっと見てもいいですか?)、と言えばよい。するとたいてい笑顔で「プレーゴ」とか「チェルト」と応えてくれる。こうしておけば何の気がねもなく商品を見ることができる。店に入り、挨拶だけしてだまって見ていると、当然買う目的できたと思われ、お店側は「どんなものをお探しですか?」と聞いてくる。
 挨拶をしても返事がなかったり、あまりいい顔をされなければ、その店には入らないほうがいい。きっとろくでもない店と人に違いない。どうせイヤなおもいをするだけだ。ごくたまにお客が多すぎて、店員が疲れきり、挨拶どころではないという店もある。とくにミラノの超有名人気店などにその傾向がある。そういう店は、買うほうも異常に疲れるので私は近づかないようにしている。
 そして買う、買わないにかかわらず、 見終えて帰る際にももちろん挨拶。「グラーツィエ(ありがとう)、アリヴェデルチ(さようなら)」などと言えばよい。
 以前ヴェネツィアで買物をしていたときのこと、観光客らしき西欧人が店のなかに入ってきた。店員はニコッとして「ブォン・ジョルノ」。客の返事がない。「ハロー」。気がつかないのか返事がない。「ボン・ジュール」。やはり返事がない。「グーテン・ターク」。これでもだめ。「ブエノス・ディアス」……。店員もあきらめてしばらく放っておくと、店内をぐるりとまわってやはり何も言わずに店を出ようとする。すかさず店員が、「アリヴェデルチ」「グッバーイ」「オー・ルヴォワール」「アウフ・ヴィーダーゼーン」「アディオース」とさきほどと同じように繰り返すがやはり返事がない。店員はふうっとため息をつくと小声で一言、
「ったく、挨拶もできないの!」
 そこで「アジア人だけでなく、ヨーロッパの人たちも店に入るときに挨拶しないの?」と聞いてみた。
「しないわね、ドイツ人もイギリス人も。それにアメリカ人もしないし。日本人もあまりしないけどそれはそういう習慣がないって聞いたことがあるわ」
 と、ちょっと意外な答え。でも、そうだったら多少のことはあきらめればいいのに、ヴェネツィアなんて世界中から観光客が集まるんだから……。 ほんとうにイタリア人は自分たちの習慣にうるさい。
 また、挨拶をすればいいというものではないらしく、ボローニャのグッチの店員なんて、アメリカ人らしき若い男の子が「チャオ」と入ってきて、ひとまわりして「チャオ」と出ていくと、「テメーなんかに『チャオ』よばわりされるおぼえはない」といった感じでムッとしていた。ジーンズ・ショップなどのカジュアルな店をのぞいては、あまり初対面や公共の場で「チャオ」とは言わないので要注意だ。

 つづいて、店内で注意したいのは、前回もすこしふれたが勝手に商品にさわらないこと。手に持ちたい、試着したい場合は、「ポッソ・トッカーレ?」(さわってもいいですか?)、「ポッソ・プロヴァーレ?」(試着できますか?)などと必ず聞くようにする。これもよほどの理由がないと「ダメ」とは言われない。
 もうひとつ注意したいのは、当然と言えば当然のことだが、店員と客は1対1ということだ。ひとりの客にはひとりの店員がつき、その客の買物がすむまで別の客の応対はしない。店員がふさがっているときは、手があくまで待たなければならない。とくに、高級品店はゆったり、ゆっくり買物ができるように、このシステムがしっかりしている。
 ところが割り込んでくる奴っていうのはいつでも、どこにでもいる。先日、ミラノのガッレリアにあるプラダに買物の付き添いで行ったときのこと。年配の、とても親切な女性が応対してくれた。商品の希望を伝えていると、
「えくすきゅーず・みー、えくすきゅーず・みー、どぅー・ゆー・は?……」
 と小娘がひとり割って入る。
「恐れ入りますお客様、ただいまこちらのお客様の担当をしておりますので、少々お待ちください」
 と店員がていねいに英語で答えると、その小娘、
「えー、わかんなーい。えくすきゅーず・みー、どぅー・ゆー・は?……」
 などと繰り返している。もうすこしで、「おら、すっこんでろ、このアホ女」と言いそうになったが、機転をきかせた店員さんが、「マルコ」と、遠くにいた別の店員さんを呼んでくれたので事なきをえた。当然そのアホ女は「マルコ」がきても、馬鹿のひとつおぼえのように「えくすきゅーず・みー、どぅー・ゆー・は?……」を繰り返していた。
 割り込むという行為は習慣の問題ではない。言葉なんてどうでもいいから、まずはマナーを学んでからこいっつーの。

■「ねぎる」ということ

 すこしでも安く買いたいという気持ちは多くの人が持っていると思う。そして安く買うと多くの人はそれを自慢する(もしくは自慢したくてしかたがない)。困るのは「これ、いくらで買ったと思う?」と聞かれることだ。質問の意図がわかるので、予想値段をもちろん当ててしまってはいけないし、安く言うわけにも、かといってあまり高く言うと嘘くさくてしらけるみたいだし、じつに面倒くさい。本当の気持ちは「いくらだっていいよ、興味ねーよそんなこと」といったところだ。
 イタリアで買物をする日本人はとても割安感をおぼえる。これはそのモノ自体が安いわけではなく、「えー、安ーい、日本で10万円のバッグが5万円だー」と日本で売っている値段と比較するからであって、このバッグが5万円なのは適当かどうかとはあまり考えないようだ。とくにこの10年くらいは円高がさらに値段格差に影響をあたえている。税金の払戻もつかえばさらに安さは増す。
 では、そこでさらにねぎって、「安く買った自慢」のチャンピオンになることができるだろうか。
 ブランド品にかかわらず、小売専門店、デパートなどでは、決められた年2回のセールのほかには、一般的に値引きはしないし、ねぎっても応じてくれないことがほとんどだ。
 例外としては、いろいろなメーカーの商品、ブランド品(すこし流行遅れのものが多いが)、おみやげ用小物などをそろえた、旅行会社と提携して団体客を迎え入れている店がある。こういった店では、こちら側からねぎらなくても、お店の方から「プライスの値段よりさらにお安くします」などと声をかけてくる。たいていの客はこの時点で、「安いわー、このダンヒルのネクタイ30本」(それにしても、なんでイタリアまで来てダンヒルなんだ?)とか言いながら、おみやげをガバガバ調達して、さらにねぎるといった行為におよぶ人は少ない。まさに向こうの思う壺、という気がしなくもない。
 そんなみやげ物店で、迫力のある4人組と出会ったことがある。場所はヴェネツィアのサン・マルコ広場の近く。つくる工程を実演で見せたあとに売り場へ連れていき、商品を売るヴェネツィアン・グラス店でのことだ。
 工房での職人の実演も終わり、売り場のほうへ案内されると、今度は店主と名乗る男がカタコトの日本語で、
「ここは、とても安全なお店です。サービスしますし、日本にもお送りしますので、安心してお買いもとめください」
 と言っている。さらに、
「たとえば、この6人分のヴェネツィアン・グラスのセットですが、ふだんは日本円にして15万円のところ、今日はサービスで12万円でおわけします。最高級品です。お支払いは日本円でもイタリアリラでもドルでも、もちろんカードでもOKです」
 と消費をあおる。
 そこで登場したのが、大阪は枚方市(私は枚方市というところを知りませんが……)から来たというおばちゃん4人組だった。
 まず、ボス格のおばちゃんが口火を切る。
「それで、12万がなんぼになるの?」
 はなから12万なんていう金額を信じてはいないようだ。ほかの4人のおばちゃんも「そうやよなあ、もうすこし安うしてーな」などと援護射撃。
 店主は、おばちゃんたちの迫力にすこし押されながら、
「ふだんは、この値段より下げることができないのですが、今日は特別に10万円で結構です」
 と電卓をたたく。
 そこでボス格のおばちゃん、懐に手をいれると、おもむろに手に持った1万円札を店主の目の前に広げて、
「どや、現金で8万円。キャッシュやでえ。8万にしとき」
 すると再び援護射撃の嵐だ。
「そら、ええ話や、そうしとき」
「キャッシュやもんなあ。そのほうが得なんちゃう」
 しまいには、
「一生のつき合いやんか、いまサービスしとけば、あとで得するわ」
 などと勝手なことを言っている。ベニスの商人と枚方のおばちゃんが、どこで、どうやって一生つき合うってんだ。
 あまりの迫力に負けたのか、それでもかなりもうかっているのか、ベニスの商人は、汗をふきふき、
「わかりました。8万円で結構です」
 すると今度は、ボス格のおばちゃん、カウンターの横に置いてある花瓶をわしづかみにして、
「これ、いくら?」
「これは5000円ですが、3000円でどうぞ」
「この高いセットこうたんやから、2000円にしとき」
「は、はい」
 ここで残りのおばちゃんが参戦する。それぞれが同じ花瓶をにぎりしめ、
「わたし、この人の友だち。だから同じく2000円にしとき」
 と店主に迫る。店主は顔をこわばらしたまま、うなずくしかない。
 こうして、4人組全員が希望どおりの金額で商品を手にした。しかし、はたしてこの勝負はどちらがもうかったのであろうか。
 余談だが、しばらくしてアッカデミア橋のたもとにある公衆電話のところにいる4人組を見つけた。どうやら日本の家族に電話をしているらしい。
「もしもし、おとうちゃん、いまフィレンツェや!」
 おいおいヴェネツィアだっつーの。家で日程表を見ているおとうちゃんも、さぞ心配なことだろう。ほんと、日本のおばちゃんは世界に出ていっても、ふだんどおりの実力を発揮しています。もしかして、これが真の国際感覚かも。