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■ここに行ったらこれを食べる
日本には「名物にうまいものなし」という言葉があるが、イタリアは違う。その土地、土地の郷土料理、名物料理がやはりいちばんおいしい。私には、この街に行ったらこれを食べると決めているものがいくつかある。いくつか紹介してみたい。
まずはミラノ。ミラノはイタリア経済の中心地らしく、イタリア中から人が集まっていることもあって、各地の料理を食べることができる。それもかなり高い水準でだ。
ミラノでは、隣州ピエモンテの料理を得意とする店やシチリア料理の店にいくことも多いし、魚料理専門店に行くことも多いが、それでもやっぱり魅かれるのは伝統的なミラノ料理だ。そのなかでもミラノ料理は冬にうまいものが多いと思う。そして私が必ず食べるのが、仔牛の骨つきスネ肉を輪切りにしてトマトで煮込んだ「オッソブーコ」。冬のミラノの代表的料理だ。そしてこれに「リゾット・アッラ・ミラネーゼ」を添えて食べる。溶けだした骨髄との相性が抜群だ。
もうひとつは、ミラノ風カツレツといわれている「コトレッタ・アッラ・ミラネーゼ」。はじめて見たときは、あまりの大きさに、はたして全部食べることができるだろうか、と心配になったが、食べてみると意外にさっぱりしていて、白ワインをグビグビやりながら、あっというまにたいらげてしまった。私は、これをセコンドにとるときには、プリモに焼いたリゾットの「リゾット・アル・サルト」をとることが多い。
そのほか、カボチャの詰め物をしたパスタの「トルテッリ・ディ・ズッカ」。これもミラノやマントヴァといったロンバルディア州の街に滞在しているときにはよく食べている。
ヴェネツィアでは、やはり海の幸だ。
アンティパストは、なんといっても「グランセーオラ・アッラ・ヴェネツィアーナ」(ヴェネツィア風カニの前菜)。これは大袈裟にいえば、ヴェネツィアでしか食べられない。私はヴェネツィアに行くと、最初の食事でまっさきにこれをいただく。そのほかには「バッカラ・マンテカート」(鱈のペースト)。これに「ポレンタ」というトウモロコシの粉に水やスープを加え、練り上げたものを添えてよく食べている。
プリモ・ピアットでは、「リゾット・コン・セッピエ」(イカ墨のリゾット)や「スパゲッティ・アッリ・スカンピ」(アカザエビのスパゲッティ)といった、やはりヴェネツィアの定番メニューが好きだ。
そして、セコンド・ピアットには、アドリア海でとれた魚介類のグリルやフライ。これは、日本でいう魚の塩焼きのように、もっともシンプルにして、もっともおいしく食べることができる調理法だ。これらをヴェネト州名産の「プロセッコ」という発泡性の白ワインとともにいただく。まさしくこの世は天国だ。
では、ヴェネツィアでは肉類は食べないのかって? ひとつの例外を除いては、答えはイエス。そのひとつの例外が「フェガト・アッラ・ヴェネツィアーナ」(ヴェネツィア風仔牛レバーのソテー)だ。これもポレンタを添えて食すのがお約束。レバーを毛嫌いしている人たち、これを食べるとあなたたちのレバー観が変わることはうけあいだ。
さて、フィレンツェ。今度は反対に、肉類が主体となる。ただ、これは私個人の問題なのだろうが、フィレンツェを中心とするトスカーナ州では、「ここに来たらこれが食べたい」というものが、ほかの街にくらべて少ない。
もちろん、風味の強い生ハムやサラミ、滋味あふれる野ウサギやイノシシ、レバーやトリッパなどをつかった内臓料理、そのほか種類豊富な豆料理など、どれをとってもおいしいのだが、心がときめく、というところまではいかない。
そんななかで、私の心をとらえてはなさないものがひとつだけある。定番中の定番「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」(フィレンツェ風Tボーンステーキ)だ。
トスカーナ州特産のキアーナ牛の持ち味を最大限に活かし、塩、こしょうだけで焼かれたこのステーキをトスカーナ産の赤ワインとともにいただく。肉を食べることの快楽のすべてがここにはある。この組み合わせで一度食べたら、ほかの地方や国でステーキなど食べられなくなる。
ただし、どんなにおいしくとも毎食、毎食、食べられるような代物ではない。最低でも500グラムはあるダイナミックなステーキなのだ。ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナを食べると決めた日は、朝から体調を整え、最高の状態でレストランへ向かうようにしている。
つづいてはローマ。
ローマでは、アンティパストには「フィオーリ・ディ・ズッカ・ファルチーティ」(カボチャの花のフライ)、プリモ・ピアットには「スパゲッティ・アッラ・カルボナーラ」や「ブカティーニ・アッラ・アマトリチャーナ」、セコンド・ピアットには「サルティンボッカ・アッラ・ロマーナ」(ローマ風仔牛と生ハムのソテー)といった土地のものを食べることが多い。スパゲッティ・アッラ・カルボナーラなどは、すこしも複雑な調理法ではないと思うが、ローマで食べるとうまい。「今まで私がカルボナーラと思って食べていたものはなんだったのか」という気持ちになるほどだ。
と、ローマにもうまいものはたくさんあるが、しかしなんといってもローマでは、仔羊(アバッキオ)料理だ。いろいろな調理法があるが、もっとも好きなのは、やはり塩、こしょうだけで焼かれたグリル。レモンをギュっとしぼって、赤ワインではなく、フラスカーティあたりの白ワインとともにいただくと、極楽、極楽……。この世に生まれたことを神に感謝したくなる。
■最後にピッツァのこと
私は、基本的には、ナポリとローマ以外ではピッツァは食べない。ほかの街であまりおいしいピッツァにであったことがないからだ。これはただ味だけの問題ではないと思う。たとえばナポリのピッツァ職人が、ミラノで店を出しても、ナポリで食べるほどおいしくない。なぜだろう……。
答え。おいしいピッツァを食べるいちばんの要因は、その街にあるのだ。ナポリの旧市街やローマのトラステーヴェレで食べるピッツァには、「その街の空気」という最高のスパイスが効いている。ピッツァという食べ物には、このスパイスがとてもよく似合う。しかし、こんなことを思っているのは私だけだと思います。
さて、そのナポリとローマのピッツァだが、それぞれ持ち味がちがう。大雑把にいうと、ナポリのものは生地が厚めでやわらかく、ローマのものは生地が薄く、パリパリっとしている。どちらがより好きかと聞かれれば、ナポリ式ピッツァの方が好みだが、ローマ式はローマ式で別の味わいがある。
ただ、どちらのピッツァにしても、たっぷりと具がのった「カプリチョーザ」のようなものよりも、「マルゲリータ」や「ナポレターナ」ようなシンプルなもののほうがおいしいと思う。
ピッツェリーアでまわりを見てみると、ほとんどの若い子たちはコーラを飲みながらピッツァをほおばっている。また、アメリカやドイツから来た観光客はビールなどを飲んでいる。マンマ・ミーア! 地獄へ落ちろ! 誰がなんといおうと、熱々のピッツァには冷たい白ワインだ。夏の夜、ナポリやローマでいただくピッツァと白ワイン。何度も申しわけないが、まさに悦楽の極みである。
この楽しみを邪魔するヤツには、罰として「ドミノ・ピザ」を1年分送り付けてやる!
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