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■メニューの選択
さて、ようやく店も決まり、席を確保したら、つぎに待っているのはメニュー選びである。
席に着くとまずメニューが配られる(ごくたまに、メニューがなく、口頭でつたえられる場合があるが、こういうときに必要なことは、どうにでもなれという覚悟である)。このメニューを見るのがじつに楽しい。うまいもんにありつくためには私は努力をおしまない。ああでもない、こうでもないとメニューを組み立てる時間は、まさに至福。ますます食欲が増してくるというものだ。
するとどこからともなく絶妙なタイミングで、カメリエーレが注文をとりに来る。このとき、最初のセリフは、ほぼ100パーセント「お飲み物は?」(ダ・ベーレ?)である。先に食べるもののオーダーをとることは、おそらくない。まず、水だとかワインだとかを決めてから、注文にはいる。
私は、水は炭酸ガス入の「アクア・ガッサータ」、ワインはハウスワインの「ヴィーノ・デッラ・カーサ」をとることがほとんどだ。
アクア・ガッサータは、はじめは抵抗がある人が多いようだが、飲みつけてくるとちょっとやめられない。ふだんは、ガスのない「アクア・ナトゥラーレ」を飲むことが多いが、食事のときは絶対にガッサータだ。口のなかがベタベタせず、食べ物との相性が抜群だと思う。
ワインは、まず立派なワイン・リストを持ってくるような高級店ではほとんど食事をしないのでえらそうなことは言えないのだが、ヴィーノ・デッラ・カーサでもじゅうぶんおいしいと思っている。それに安いですし……。料理によって赤(ロッソ)か白(ビアンコ)を使い分けるくらいが関の山。私もはやく、フィレンツェのエノテーカ・ピンキオッリあたりで、ふつうにペトリュスやらシャトー・ディケムやらをぬけるような身分になりたいものだ。
さて、飲み物が決まれば、いよいよ料理だ(ふー、長かった)。
イタリア料理のメニューの構成は、前菜の「アンティパスト」、パスタやスープなどの「プリモ・ピアット」、魚や肉のメインにあたる「セコンド・ピアット」、野菜料理などのつけあわせの「コントルノ」、そして「フォルマッジョ(チーズ)」、デザートの「ドルチェ」となっているのが一般的だ。
ではこれをぜんぶ注文するのか。もちろん個人の自由だが、私はしません。理由は、一皿、一皿の量がじつに多いから。とくに、伝統的な料理屋は、ほんとうにたっぷりとでてくる。
まあこれは、私にとっては喜ばしいことなんだが、フルにぜんぶ食べるとかなりお腹が苦しくなる。
たとえば、ミラノにある「トラットリーア・A」は、おいしいピエモンテ料理を食べさせてくれる中級レストラン。ここのおすすめは、平日のランチに用意されている3万リラ(約1600円)の定食だ(ワイン代も水代も含まれている)。安いしおいしいのでミラノに行くたびにかならず立ちよっていたのだが、最近すこし足が遠のいている。とにかく量が多いのだ。
まずアンティパストだけで6品。つづいて6、7品の中から選ぶプリモ・ピアット。そしてセコンド・ピアットにはボイルした何種類もの肉類を目の前で切り分けてもらうワゴンサービス。料理法もダイナミックだが、量も半端ではない。そしてこのあと、フォルマッジョまたはドルチェとつづくのだ。これは効きます。
まえに一度、たくさん食べることにかけては人後に落ちない日本人の友人を連れて行ったのだが、夜になってもお腹がすかず、夕食をぬくはめになり、「俺の胃袋も衰えたものだ」とかなりショックを受けていた。
では、私の基本的なメニュー選びは、どうしているのか。まずセコンド・ピアットに何をとるかから考えるようにしている。季節の旬なども頭にいれながら、今日食べたいものが、肉なのか、魚なのか……。肉だったら牛か豚か鶏か羊かなどを考える。もう少し正確にいうと、ワインを注文するまえに、すでにセコンド・ピアットを決めておく。それによってワインを赤か白か選んでいるのだ。
セコンド・ピアットが決まれば、それを中心に、アンティパストをとるか、スパゲッティにするかリゾットにするかなどを決める。たとえば、セコンドがスズキやシタビラメのグリルなのに、そのまえにミートソースのスパゲッティやカルボナーラをとることはないし、また反対に、セコンドがチーズやハムを使ったボローニャ風カツレツなのに、ボンゴレや魚介類のスープをとることもない。
こうして組み合わせなどを考えながら、アンティパストかプリモ・ピアットから1品、セコンド・ピアットから1品、最後にドルチェとエスプレッソをとることがほとんどだ。
さて、本場のイタリアの人たちはどうしているだろうか。
これが、本当によく食べる。そしてよく喋る。とくに年配の女性がよく食べるのには、いつもびっくりする。先日も、ミラノの「トラットリーア・M」で出会った、かなり腰が曲がった小柄なおばあさん、よく食べてました。
ラルドというミラノあたりの名物料理である豚の脂身の前菜を食べ、つづいてサフラン風味のリゾット・アッラ・ミラネーゼ、そしてキャベツと豚の各部位を煮込んだ、当地の冬の代表料理のひとつカッソーラ、しめはオレンジ風味のスフレだ。背中をまるめてボソボソとゆっくり、ゆっくり全部たいらげていた。こちらは見ているだけでおなかいっぱいになった。
最近では、イタリア人も若い女性を中心に、以前のようには食べなくなっているようだ。流行りの小洒落たリストランテなどは、伝統的な店と違って、量もひかえめだし、ダイエットを考えている若い女性が、セコンド・ピアットから1つと、サラダか付け合わせの野菜から1つだけ選んでみたり、パスタを食べてから、「もう少し食べたいので」といってアンティパストにある生ハムとイチジクをとったりしているの見かける。
パスタだけとか、パスタにサラダ、という人を見かけないのは、「そういうオーダーはレストランでは、ルール違反だよ」という暗黙の了解がいまでも根強く残っているからだろう。
■シェアーという方法
ちょっと余談だが、大皿料理の感覚でシェアーするという方法。つまり、みんなでワイワイと料理をとって分け合って食べるというやり方。フランス料理屋では見られないが、日本のイタリア料理屋ではよく見られる光景だ。
さて本場イタリアではどうかというと、すくなくともレストランではまず見ることがない。1人、1人が自分で自分の食べたいものを注文し、「ちょっと味見する?」という例外をのぞいては、自分の皿は自分でたいらげる。たとえピザでも分け合うことはないように思う。
たとえば、4人で食事に行って、前菜を2つに、スパゲッティを3皿、それにメインを2つとって、ついでにピザも1つ追加して、それをみんなで分け合おう、などということは、絶対にないといっても過言ではない。だいたい、ピザはピザ屋、つまりピッツェリーアで食べるものだから、ふつうのレストランでピザを出すところもかなり少ない。
だから反対におもしろいのは、中華料理を食べに入ったときだ。まえにローマっ子の友だちたち4人とローマで中華を食べたときのこと。べつに中華を食べるのはみんなはじめてではないようだった。みんなメニューを見ている最中も、注文をする段になっても、ぜんぜん相談しあわない。おもしろいのでほおっておくと、
「ぼくは、ヤキソバとチンジャオロースー」
「わたしは、ワンタンスープに酢豚」
「えーと、チャーハンとエビチリ」
などと、それぞれが注文をはじめた。
そして、食べるとき、まずヤキソバ、ワンタンスープ、チャーハンをそれぞれ注文したご本人が、1人でそれをたいらげる。そのあいだは、酢豚やエビチリにはいっさい手はつけない。ヤキソバなどが食べ終わると、今度はそれぞれが、注文した酢豚やエビチリを1人で食べはじめる。他人のたのんだものには手をつけることはないのだ。
つまりこれは、ヤキソバやワンタンスープやチャーハンがプリモ・ピアットで、チンジャオロースーや酢豚やエビチリがセコンド・ピアットということなのね、と理解した。食べる順番にしても、方法にしても中華だろうが何だろうが、すべてイタリア式ということなのだろうか。それとも、みんなでつっつき合うアジア式は、彼らにとって気持ちの悪いものなのだろうか。それとも、分け合うという考え自体思いもつかないことなのだろうか。チャンスがあれば一度聞いてみようと思っている。
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