フィリッポのイタリアひとり歩き術
第1回 バール Bar

フィリッポ・蔭崎

 イタリアがブームになってずいぶんたつ。これまでにも、60年代のカンツォーネ・ブーム、イタリア映画ブームや80年代初めのファッションを中心とするブームがあった。今回のブームは90年代にはいってから急速に発達し、かれこれ10年近くもつづいている。
 その間に、イタリア料理店が雨後の筍のようにあらわれ、イタリア特集の雑誌が跳ぶように売れ、老いも若きもイタリアへ旅立ち、サッカーのセリエAが放映され、街中に(たとえば、ドトールやスターバックスなど)イタリア語があふれるといった現象になった。イタメシといわれる料理から、ワイン、アルマーニ、プラダ、グッチなどの最新モード、最近ではイタリア・クラシコと呼ばれるトラディッショナルな服飾、インテリア・グッズまで、日本での人気の幅は広い。
 その反面、まだまだ日本では知られていないこと、誤解などもとても多いのも事実。今月からこのページでは、主にイタリアへの旅行初心者を対象に、こんなことを知っていれば旅行がさらに楽しく、潤滑にできるという情報を提供していくつもりです。質問のある人も遠慮なくお寄せ下さい。
 第1回目は、イタリアになくてはならない「バール」から。

■バールとは

 イタリアのどんな小さな街にいても目にするもののひとつにバールがある。バールとは、コーヒー、パニーノ(イタリア風サンドイッチ)などの軽食、さらには食前酒やリキュールをとることができる喫茶店でもあり、バーでもある。そしてこのバールは、イタリアに暮らす人にはとても重要な「社交場」であり、旅行者にとてっもたいへん役にたつ場所なのだ。
 店のつくりはどこへ行ってもさほど違いはない。横長のカウンター、カウンター内は調理スペースになっていて、大きなコーヒーマシーンの前でバリスタ(バーテンダー)が忙しく立ち働く。パニーノや甘いパンが並べられたショーケース、アクア・ミネラーレ(ミネラルウォーター)、牛乳の入った冷蔵ケース。チョコレートやキャンディなどのお菓子類。奥にはテーブルとイスがいくつか(夏期には外にも)用意されている。そして、公衆電話とトイレ。これが一般 的なバールのつくりだ。
 店の構えはどこも同じようだが、食べ物や飲み物にはそれぞれ工夫をこらし、その店独特の味を追究しているようだ。たしかにお客さんをひきつける商品を提供しなければ、あれだけたくさんのバールが存在する中で商売として成り立っていくのはむずかしいだろう。パニーノはもちろんのこと、エスプレッソ一杯でも各店によって味は違う。

■イタリア人とバール

 まずは朝、イタリアでの一日はバールからはじまる。朝食をとるために出かけていくと、たくさんの地元の人たちであふれている。一般 的にイタリア人は自分の行きつけのバールをもっていて、毎朝同じ店にかよっているらしい。
 まわりを見渡すと、朝からたっぷり食べている人はまずいない。みんなカプチーノやカフェ・ラッテにブリオッシュやコルネット(どちらも甘味のあるクロワッサンのようなパン)一個と、じつに簡単にすませている。
 また、仕事中の息抜きにも、かんたんな昼食にもバールは利用されているが、つぎにバールがこみ合うのは、夕方の仕事帰りの時間だ。家に帰るまえ、夕食のまえの一時を人々は楽しんでいる。ただしこの時間には、カプチーノやカフェ・ラッテといったミルクのはいった飲み物を注文するイタリア人はまずいない。プロセッコやスプマンテという発泡性のワインやカンパリなどが一般 的だ。
 もちろん注文することはできるのだが、運が悪ければ、横にいるお客から、「こんな時間に何を飲んでいるんだ!? 気持が悪い」と余計なお説教をうけることすらある。イタリア人の考えでは、カプチーノは、あくまでも朝の飲み物らしい。

■利用法

 さて注文をする際には、まずレジへいって希望するものを、例えば「ウン・カプチーノ・エ・ウナ・ブリオッシュ、ペル・ファボーレ」(カプチーノ一杯とブリオッシュ一つください)といえば、お金と引き替えにレシートをくれる。それをもってバリスタ(バーテンダー)に注文すればよい。ただしそのレシートには、支払った金額だけが記載されているだけなので、もう一度バリスタに注文したいものを伝えなければならない。その際、レシートに二百リラコインを沿えて出す人も少なくないが、一種のカッコづけや習慣みたいなものだから、とくにまねする必要はない。
 また、先にバリスタに注文をし、食べ終わってからレジにいってその旨をつたえ、支払いをしてもよい。ごくたまに「先にレジにいって」といわれることもあるので、その場合はそれにしたがうこと。このシステムでいつも感心するのは、あたりまえのことだが、みんなきちんとお金を払っていることだ。食べたり飲んだりしたものをちゃんと申告している。ごまかそうと思えば簡単にごまかせるのだろうが、そういったことがいっさいなく気持ちがいいし、お店の方もお客を信頼していて感じがよい。
 料金をイタリア語でいわれてもわからない、または、ごまかされるのではという心配をしている人、大丈夫。レジの近くには必ずどこのバールにもきまった形式の料金表がある。これを見てから注文すればよい。それにエスプレッソやカプチーノといったコーヒー類を立って飲んでいる限りは、法律で値段がきめられているのでひどい目にあうことはない。
 立ち飲み立ち食いが基本ではあるが、テーブル席についてもよい。ただしテーブル席の場合、料金が割り増しになることが多い。たとえばカウンターでカプチーノを飲めば1600リラのところ、テーブル席では3800リラといったぐあいだ。その分いろいろなサービスをうけることができる。注文を聞きにきてくれ、注文したものを運んでくれる。コーヒー一杯で何時間その席にいようととがめられることはない。そして料金の支払いも席についたまますませることができる。品質に関していえば、立って飲もうが座って飲もうがかわりはない。
 旅行中は、美術館、教会、遺跡の見学や買い物と歩きまわることが多いので、バールにはいったときぐらいは腰を下ろしたくなるものだ。しみったれの私などは旅行するたびに座っても料金の変わらないバールを見つけて、そういった店を利用している。2000リラくらいの差額なら仕方のないところだが、ちょっと油断すると、とくにローマ、ミラノ、フィレンツェ、ヴェネツィアといった有名観光地ではカプチーノ一杯6500リラ、へたすると1万リラをこえる店さえある。ヴェネツィアのカフェ・フローリアンやカフェ・クアードリ、ローマのカフェ・グレーコといった老舗の場合は、はじめから高いことがわかっているし、店の雰囲気を楽しむというおまけがついているのでいいのだが、「こんな店で!?」ということが少なくない。
 イタリア人はと見ていると、朝はもちろん、昼休みや夕方の会社帰りのひと時でも立ったまま利用している人がじつに多い。そしてのんびりタバコを吸ったり新聞を読んだりして長居する人はいない。「チャオ!」と店に入ってくると、エスプレッソを一杯を注文する。バリスタと会話をかわしながら砂糖をいれ(大量 に!)ゆっくりかきまわす。そしてそれを二口か三口で飲み干し、さっとお金を払い、挨拶をして出ていく。その間五分程度。その姿はなかなか粋でかっこいい。イタリア人の友人の奥さんから聞いた話によると(この人は日本人)、家の中にいてもコーヒーを飲むときは立ったまま、ということが多いそうだ。飛行機の中でも、わざわざ立って仲間たちと談笑しながらコーヒーを飲むイタリア人たちを何度か目撃したことがある。彼らはほんとうにどこにいても習慣をかえないからおもしろい 。