岡本太郎
聞き手・構成:鈴木恵美子

 イタリアを中心とする紀行文、音楽・映画評論、そして小説や字幕の翻訳にも定評のある岡本太郎さん。日常会話、映画のセリフ、歌詞など、「言葉」というこれまでにはない切り口でイタリア文化の神髄をつたえたファースト・エッセイ『みんなイタリア語で話していた』が刊行された。芸術、風景、食べ物、ファッション……なぜ、イタリアは魅力あふれるものでいっぱいなのか、世界中の旅行者を惹きつけてやまないのか。その秘密をとくカギをうかがってみました。

■イタリア人の観察力

──岡本さんの『みんなイタリア語で話していた』はイタリアの「言葉」がテーマですが、ご自身の友人がふともらした一言をめぐるストーリーが多いですね。しかも彼らはみんな、キャラクター的にすごくいい味を出している。


岡本 イタリアには芸術や風景、食べ物……。いいモノがいろいろありますけど、僕自身は何より「人間」がいちばん魅力的だと思ってるんです。人なつっこくて細やかで、感受性豊か。つきあっていて本当に楽しいですね。

──イタリア人が大騒ぎする理由を「すぐ退屈するからだよ」と喝破した人のくだりには、目からウロコが落ちました。


岡本 友人のミュージシャン、ジャンカルロ・ゴルツィの言葉なんですけど、あれには僕も感心した(笑)。彼はときどき名セリフを吐くので、本でもよく引用させてもらってます。観察力が鋭くて、直感的に物事の本質をぴしっと捉えるところがある。そのくせ変なことでパニックに陥って、仲間と大もめしたりする。イタリア人って結構、そんな面を持ち合わせています。
 最近は「日本におけるイタリア年」のイベントで、詩人や映画監督などたくさんの人が来日しているんですが、話してみると、みんな日本をすごくよく観察しています。たとえば人の歩き方ひとつとっても、やれ農夫の歩き方はイタリア人と一緒だったとか、都会人はセカセカ歩くけど、若者はダラダラ歩くだとかね。で、いちいち「なぜ? なぜ?」と質問してくる。イタリア人って本当に質問好きなんです。面白いですよお。必ず聞かれるのが、日本にはどうしてこんなに犬が少ないのか(笑)とか、マスクをした人を見て「あれは頭がおかしいのか」とか(笑)。

──本には「イタリア人はbambinone(大きな子ども)だ」という言葉も出てきますね。

岡本 ものの見方が柔軟なんです。ある意味、すれていない。だから映画監督とか、作家とか言う以前に、人間的な魅力に惹きつけられますね。一般的に日本人は「肩書き」そのものをすごく意識する。でも彼らの場合は、たまたま映画を撮ったり詩を書いているけど、その仕事以上に「自分が誰なのか」ということを大切にしています。ですから、ただの同じ人間として対等につきあいやすいんですね。

■イタリア式コミュニケーション術

──非常にいい加減というか、ものごとにこだわらないのもイタリア気質と思いますが。

岡本 たとえば向こうで道を聞くと、みんな違うことを言いますね(笑)。彼らにとっては、よく知らなくても「教えた方が親切」なんです。一方で、わざわざ日本人に道を尋ねるイタリア人もいる。イタリア語が分かるかどうかなんて、おかまいなしでね。かと思えばローマのレストランでは、ウエイターがおぼつかない日本語で話しかけてきて、面倒だからイタリア語で答えると「せっかくの日本語なのに!」とむくれる(笑)。
 でも総じて言えるのは、彼らは人とコミュニケーションしようとする意欲がものすごく強いということです。とにかくイタリア人は、相手を一生懸命に理解しようとしますね。

──言葉がよく分からないと、すぐに後込みしがちな日本人とは対照的ですね。

岡本 でも、こんな面白いこともありました。
 去年、本にも登場するイルヴィオというカメラマンと一緒に、熊本の蘇陽という田舎へ神楽の撮影に行ったんです。そのときジュリオっていうスキンヘッドの助手がいたんですが、彼が妙に地元の人たちに人気でね。で、驚いたことに撮影終了後のお別れパーティのとき、そのジュリオと神楽舞の50代ぐらいのおじさんがふたりきりでずーっと、20分以上もしゃべり続けているんです。互いの言葉で(爆笑)。本当に不思議な、シュールな光景だったなあ。おそらく何を言っているか、お互い分かってなかったと思うんだけど(笑)。
 でも僕も、たとえばロシア人やポーランド人の映画監督に通訳を入れてインタビューするときは、相手の言葉を必死に聞きますよね。何か一言でもいいから分からないかなあ、と。ロシア映画なんかを見るときも同じです。そんな感覚だったのかもしれないですね。

■イタリアの素顔を紹介したい

──岡本さんの『みんなイタリア語で話していた』を読んでからイタリア映画を観ると、結構いろいろな表現が拾えて嬉しいですね。たとえば「boh?」(どうかなあ……)という言い方とか、「amore!」という、ロマンチックな愛情表現とか。そういう字幕には出てこない小さな言葉のニュアンスが、この本には分かりやすく書かれています。

岡本 語学の教科書にはあまり出てこないけど、日常的に使われる言葉ってたくさんあるんです。言葉を勉強する楽しみは、そういうところにあるんじゃないかなあ。
 語学書のように「説明」してしまうと、本当の言葉の持つ雰囲気はなかなか捉えられませんよね。だから僕は、言葉にまつわるエピソードを「描写」することで、一種のシュミレーションをしてもらいたいと思ったんです。
 でも、とくに語学の勉強だけを意識しているつもりはないんです。単純にイタリアという国に興味がある人たちにも、できるだけ通り一遍じゃない、イタリアの素顔を紹介したい。ひとつの「お話」として読んで、登場人物たちを自分の友達のように思ってもらえれば幸せですね。

──一度もジャンカルロに会ってないけど、会ったとたんに「やあ」って肩を叩けそうな。

岡本 うん、そんな風に読んでもらえると、すごく嬉しいなあ。

岡本太郎
一九六〇年東京生まれ。早稲田大学文学部卒業。東京大学大学院イタリア文学科修士課程修了。旅・映画・音楽を中心とするライター、翻訳家。また、写真も手がけている。訳書に、マルコ・ロドリ『のらくらの楽園』、サンドロ・ヴェロネージ『この歓びの列車はどこへ向かう』(共に東京書籍)、ミケランジェロ・アントニオーニ『愛のめぐりあい』(筑摩書房)、エンツォ・ビアージ『運命のままに──わが愛しのマストロヤンニ』(日之出出版)、日伊現代詩アンソロジー『地上の歌声』(思潮社)がある。。